戦後昭和国内 1978
母は泥棒、兄は殺し屋、
妹は詐欺師、弟は警察官。
『ひまつぶしの殺人』赤川次郎

書評

ひまつぶしの殺人

犯罪者だらけの家族を弁護士の次男が追う、騒々しくも愛嬌ある家族喜劇。

目次

母は泥棒、兄は殺し屋、妹は詐欺師、弟は警察官。そして弁護士の次男・圭介だけが、家族全員の秘密を知っています。

赤川次郎『ひまつぶしの殺人』は、この五人がそろう早川家を中心に据えた、〈早川一家〉シリーズの第1巻です。法を破る側と取り締まる側、そして法廷に立つ側が一つの家族に並び、その真ん中で次男がひとり気を揉む——そんな家族喜劇の幕開けとなる作品です。

物語の入り口

早川家の顔ぶれを、もう一度並べてみます。泥棒の母、殺し屋の兄、詐欺師の妹、警察官の弟。

並べてみると、互いに鉢合わせしてはいけない職業ばかりです。その家族のなかで、弁護士の次男だけが全員の秘密を知っています。

秘密の全体を見渡せるのが彼ひとりである以上、家族のだれかが動けば、気が気でなくなるのも彼ひとりです。

騒ぎの火種は、ひとりの人物の帰国でした。謎の石油王・橘源一郎が、世界有数のダイヤ・コレクションとともに日本へ帰ってくる。

その知らせに、一家は騒然となります。泥棒がいて、殺し屋がいて、詐欺師がいて、警察官がいる家族です。

世界有数の宝石が海を越えてやってくるとなれば、だれもが落ち着いてはいられません。家じゅうが一つの知らせでざわめき立つ、その慌ただしさが物語の最初の弾みになります。

やがて家族はそれぞれの目的を胸に、橘のもとへ向かいます。目的は一つではありません。

同じ一点を目指しながら、めいめいが別の用件を抱えている。家族の犯罪を阻止したい圭介は、頭を抱えながらそのあとを追うことになります。

弁護士として止めに入りたい、けれども相手は自分の家族。次男は板挟みのまま走り出すのです。

泥棒の母も、殺し屋の兄も、詐欺師の妹も、警察官の弟も、行き先は同じ石油王のもと。その列のいちばんうしろを、弁護士の圭介が追いかけていきます。

読者は、家族全員の秘密を抱えた次男の隣に立たされます。家族の秘密をすべて知っているのは次男ひとり。

その彼が頭を抱えている、という一点だけで、騒動の予感は十分に伝わってきます。ダイヤを目指す家族の行列が、ここから動き出します。

読みどころ

読みどころは、五人の目的が同じ一点へ向かいながら、互いにすれ違っていく喜劇の組み立てにあります。

家族の全員が、ダイヤのコレクションという同じ場所に引き寄せられます。けれども向かう理由はそれぞれ違い、家族の秘密をまるごと知っているのは次男ひとりです。

この非対称が、軽快な会話とドタバタの笑いを生む仕掛けになっています。家族が一歩動くたびに、事情を知る弁護士の心配が一つ増える。

本来なら法廷で依頼人を守るはずの弁護士が、自分の家族の犯罪を先回りして止めようと走り回るのですから、職業の役割からしてねじれています。目的がすれ違う喜劇の面白さは、この構図から生まれてきます。

もうひとつは、これがシリーズの第1巻だという点です。泥棒、殺し屋、詐欺師、警察官、弁護士。

五つの職業を背負った家族が、はじめて一つの騒動に顔をそろえます。全3作の〈早川一家〉を読み進めるなら、この巻で家族の顔と名前を覚えることになるでしょう。

そのうえ、1979年の日本推理作家協会賞で候補に選ばれた作品でもあります。笑いを前面に出した家族もの——それが推理小説の賞の候補として並んだという事実は、覚えておいてよいはずです。

こんな人におすすめ

重苦しい事件や、陰惨な場面が続く推理小説に少し疲れた人に向いています。職業も目的もばらばらな家族が一つの騒ぎに集まる、群像の喜劇を好む人にも合うでしょう。

逆に、一人の探偵が静かに証拠を積み上げていく読み口を求める人には、騒がしく映るかもしれません。その騒がしさが、この家族の前提です。

作品の背景

『ひまつぶしの殺人』は1978年に光文社から刊行された、〈早川一家〉シリーズの第1作です。シリーズは全3作で、この巻が一家の顔見せにあたります。

翌1979年の第32回日本推理作家協会賞では、長編部門の候補に挙がりました。

同じ1978年には、デビュー作の短編を表題に据えた作品集『幽霊列車』も文藝春秋から出ています。警部と女子大生が組む短編集と、犯罪者ぞろいの家族の騒動を描くこの長編が、同じ年に別々の出版社から並んで世に出ていたことになります。

手に取るなら

現在手に取るなら、光文社文庫の新装版です。電子版も配信されているので、紙と電子のどちらでも読み始められます。

家族の顔ぶれを知るためにも、〈早川一家〉はこの巻から読み始めるのが順当でしょう。泥棒から弁護士までそろった早川家の騒ぎに、頭を抱える次男と一緒に飛び込んでみてください。

赤川次郎について

赤川次郎は1948年、福岡市に生まれました。桐朋高等学校を卒業して日本機械学会の事務局に就職し、勤めのかたわら小説を書き続けます。

1976年、「幽霊列車」で第15回オール讀物推理小説新人賞を受けてデビューしました。1978年に光文社カッパ・ノベルスから出た『三毛猫ホームズの推理』が大きな反響を呼び、12年の会社勤めを終えて30歳で専業作家になりました。

その直後に『セーラー服と機関銃』を発表しています。

以後も三毛猫ホームズシリーズのほか、〈早川一家〉、「三姉妹探偵団」、「杉原爽香」など数多くのシリーズを抱え、著作の累計発行部数は2015年時点で3億3000万部を超えました。2006年に第9回日本ミステリー文学大賞を受け、2016年にはデビュー40年目にして『東京零年』で第50回吉川英治文学賞を受けています。

書誌情報

出版社
光文社
刊行年
1978
ISBN-13
9784334792701
系譜
戦後昭和国内
受賞歴

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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