戦後昭和国内 1976
温泉町へ向かう途中で、
乗客八人がいなくなった。
『幽霊列車』赤川次郎

書評

幽霊列車

列車から8人が消える表題作で始まる、宇野警部と女子大生のシリーズ第1作。

幽霊列車 表紙画像
赤川次郎 文藝春秋(文春文庫)1976年
目次

山あいの温泉町へ向かう列車から、八人の乗客が消えてしまいます。赤川次郎『幽霊列車』は、この不可解な発端をもつ表題作で幕を開ける作品集です。

謎を追うのは、警視庁の警部と、推理マニアの女子大生。本職の刑事と推理好きの学生という取り合わせで、のちに〈幽霊シリーズ〉と呼ばれる連作が始まりました。

表題作は、著者が新人賞を受けたデビュー作でもあります——つまりこの本は、作家・赤川次郎の出発点をそのまま収めた作品集です。

物語の入り口

巻頭に置かれた表題作「幽霊列車」は、一つの消失から始まります。山あいの温泉町へ向かう列車から、八人の乗客が消えたのです。

一人や二人ではなく、八人。温泉町という行き先ののどかさと、乗客がまとめて姿を消したという出来事の大きさが、発端の一行のなかで隣り合っています。

この謎を追うのが、警視庁捜査一課の警部・宇野喬一です。事件を扱うことを仕事にしている、本職の捜査官です。

その隣に並ぶのが、自称名探偵の女子大生・永井夕子。推理マニアを自任する彼女は、捜査を職業としない立場から事件に向き合います。

組織の一員として動く刑事と、推理好きが高じて名探偵を名乗る学生。立場のまるで違う二人が、同じ謎の前に並んで立ちます。

読者が置かれるのは、二人と同じ地点です。八人の乗客が列車から消えたという事実だけが目の前にあり、そこから先は二人の歩みに合わせて、手がかりを一つずつ知っていくことになります。

本職の捜査と素人の推理が、同じ一つの消失をめぐってどう噛み合っていくのか。その行方を、二人のすぐ後ろから見守る位置です。

のちに4冊を数える〈幽霊シリーズ〉の、ちょうど出発点に立ち会う形です。

作品集には、表題作を含めて5編が収められています。「幽霊列車」「裏切られた誘拐」「凍りついた太陽」「ところにより、雨」「善人村の村祭」。

誘拐、太陽、雨、村祭——題名に並ぶ言葉は、一話ごとにばらばらです。一話ずつ区切りのある構成なので、表題作の謎を追い終えたところで一息つき、次の題名へ進むこともできます。

読みどころ

この作品集の出発点にあるのは、第15回オール讀物推理小説新人賞を受けた著者のデビュー作です。

新人賞の受賞作が巻頭に置かれ、同じ二人が組む短編がそのあとに続きます。一話で一つの謎が閉じる、一編完結のリズムです。

長い物語を何日もかけて追うのではなく、一話ぶんの時間で発端から結末までを見届けられる。短い紙幅で謎と向き合う形式が、この作品集の骨組みになっています。

もうひとつは、この作品集が〈幽霊シリーズ〉全体の起点だという点です。警部と女子大生の組み合わせは、ここから『幽霊候補生』『幽霊愛好会』『幽霊心理学』へと受け継がれていきます。

作家生活四十周年の節目に、新装版として出し直されたのもこの作品集でした。デビュー作を含むこと、シリーズの第1作であること、そして1985年の国内ランキングに名を連ねたこと。

その三つが、この本の位置を形づくっています。

一つの謎にじっくり浸る物語を期待して開くと、5編が次々に入れ替わる構成は散漫に映るかもしれません。ただ、一話ごとに区切りがつくからこそ、空いた時間に一編ずつ読み進められます。

著者の出発点を短い形でたどれる点こそが、この作品集ならではの利点です。

作品の背景

この作品集は、新人賞を受けた表題作「幽霊列車」に、同じ宇野喬一警部と女子大生の永井夕子の組み合わせで書かれた短編を加えたもので、単行本は1978年6月に文藝春秋から刊行されました。

〈幽霊シリーズ〉はこのあと、『幽霊候補生』(1979年10月)、『幽霊愛好会』(1983年6月)、『幽霊心理学』(1986年2月)と続きました。1985年版の『東西ミステリーベスト100』では、この作品集が国内編の85位に入っています。

同率には結城昌治『暗い落日』、森村誠一『人間の証明』が並びました。デビュー作を含む短編集が、この二作と85位を分け合ったことになります。

手に取るなら

現在手に取るなら、2016年1月に出た文春文庫の新装版です。作家生活四十周年を記念した版で、384ページです。

電子書籍でも配信されています。〈幽霊シリーズ〉を読むなら、この第1作から刊行順に進むのが自然でしょう。

旧版の文春文庫は1981年8月の刊行で、新装版はそれから35年後に出たことになります。表題作の一編から、宇野喬一と永井夕子の長い歩みは始まっています。

赤川次郎について

赤川次郎は1948年、福岡市に生まれました。桐朋高等学校を卒業して日本機械学会の事務局に就職し、勤めのかたわら小説を書き続けます。

1976年、「幽霊列車」で第15回オール讀物推理小説新人賞を受けてデビューしました。1978年に光文社カッパ・ノベルスから出た『三毛猫ホームズの推理』が大きな反響を呼び、12年の会社勤めを終えて30歳で専業作家になりました。

その直後に『セーラー服と機関銃』を発表しています。

以後も三毛猫ホームズシリーズのほか、〈早川一家〉、「三姉妹探偵団」、「杉原爽香」など数多くのシリーズを抱え、著作の累計発行部数は2015年時点で3億3000万部を超えました。2006年に第9回日本ミステリー文学大賞を受け、2016年にはデビュー40年目にして『東京零年』で第50回吉川英治文学賞を受けています。

書誌情報

出版社
文藝春秋 / 文春文庫
刊行年
1976
ISBN-13
9784167905309
系譜
戦後昭和国内 / 連作短編 · シリーズ探偵物
受賞歴
·

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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