戦後昭和国内 1978
夜空に鶴が舞った夜、
落語家が密室で殺された。
『変調二人羽織』連城三紀彦

書評

変調二人羽織

鶴が舞う東京の夜と落語家の死が、短い物語の入口から謎への興味を誘います。

変調二人羽織 表紙画像
連城三紀彦 光文社(光文社文庫)1978年
目次

東京の夜空に、珍しく一羽の鶴が舞った夜。その夜に、一人の落語家が殺されました。

伊呂八亭破鶴。舞台となった密室にいたのは、いずれも破鶴に恨みを抱く関係者ばかりでした。

連城三紀彦『変調二人羽織』の表題作は、この鮮やかな一枚の絵から始まります。伝説的な探偵小説雑誌『幻影城』の第3回新人賞に入選した、連城三紀彦のデビュー作です。

光文社文庫版には、この一編を含む五編が収められています。長い小説へ腰を据える前に、短い一編で作家と出会う。

この文庫は、そのための入口として用意されているように見えます。

物語の入り口

鶴が舞った夜、落語家の伊呂八亭破鶴が殺されます。舞台となったのは密室でした。

そこにいたのは、破鶴に恨みを抱く関係者ばかり。誰もが動機を持っていて、誰もがその場にいた。

捜査が進むにつれて、新しい事実が続々と発覚していきます。容疑者の数だけ動機がある——その古典的な構えを、デビュー作は正面から引き受けています。

落語という芸の世界と、殺人。この取り合わせが、この短編の入口を独特なものにしています。

高座の上で語られる噺は、たいてい笑いを目当てにしたものです。その芸の担い手が、ある夜、恨みを抱く者たちに囲まれて死ぬ。

親しみのある世界と不穏な事件のあいだの距離が、最初の数頁で一気に縮まります。鶴が舞うという吉兆めいた情景と、恨みを抱く者たちに囲まれた死。

美しいものと不穏なものを、ためらいなく同じ夜に置いてしまう。この落差の作り方は、デビュー作の時点でもう、この書き手のものになっています。

日常のすぐそばに謎があるという感覚は、この作家がその後もずっと大事にしてきたものでした。

鶴の舞う夜空と、恨みの澱んだ密室。見上げる景色と閉ざされた部屋をひと晩に重ねた表題作が、この文庫の扉の役を務めます。

残る四編には、一編ずつ、白紙に近い状態で入るのが向いています。目次を眺めて気になった題名から開いても、順番どおりに読んでも、どちらでも構いません。

ただ、最初の一編だけは表題作から入ることを勧めます——作家の出発点は、そこにあるからです。

読みどころ

この短編集の醍醐味は、デビュー作の段階ですでに、事件の輪郭と人の情が同じ紙の上に置かれているところにあります。 鶴が舞う夜という情景の美しさと、恨みを抱く者たちに囲まれた死という事態の重さが、一つの導入のなかで両立している。

どちらか一方に傾いていれば、もっと平凡な出だしになったはずです。二つを同時に置いてしまう手つきが、最初の一編からもう見えています。

もうひとつは、五編を通して読むことで、作家の出発期そのものが見えてくるところです。『幻影城』は探偵小説の復興を掲げた雑誌でした。

その誌面の第3回新人賞に入選したのが、寄席の芸人の死から幕を開ける一編でした。落語という耳になじんだ芸の世界に殺人を置くところから、この書き手の歩みは始まっています。

一編一編は短く、それぞれが独立した事件です。けれども通しで読むと、一人の書き手がどこから始まって、どこへ向かおうとしていたのかが、輪郭を持って浮かんできます。

短編集の性格上、一編ごとの密度に差を感じる読者もいるかもしれません。それでも、表題作の導入部だけで、この作家を読み続ける理由は十分に手に入ります。

派手な仕掛けの予告は要りません。鶴が舞った夜に落語家が死んだ、という一行の絵の強さが、すべての入口です。

作品の背景

連城三紀彦が世に出たのは、表題作「変調二人羽織」が『幻影城』の第3回新人賞に入選したときです。『幻影城』は1970年代に探偵小説の復興を掲げた雑誌でした。

のちに謎解きの側と恋愛小説の側の両方で名を残す作家の、いちばん最初の顔がこの表題作に残っています。

現行版は光文社文庫で、紙の本は2010年1月、電子版は2013年3月に出ました。表題作の初出は1978年ですから、デビューから三十年あまりを経て編まれた版ということになります。

収録は表題作を含む五編です。五編という数は、一編ずつ間を置いて読むのにちょうどよく、作家の出発期を通しで眺めるにも足りる分量です。

手に取るなら

光文社文庫版は紙も電子も入手できます。寄席で噺を一席ずつ聴くように、一編読むごとに本を閉じて間を置く読み方が、この五編にはよく合います。

連城三紀彦をこれから読む人には、長編の前にこの文庫で作家の声に慣れておく順番を勧めます。すでに『戻り川心中』などの短編を読んでいる人には、その書き手がどこから歩き出したのかを確かめる一冊です。

東京の夜空に舞った一羽の鶴——その情景が、すべての始まりでした。

連城三紀彦について

連城三紀彦は1948年、名古屋市の生まれです。本名は加藤甚吾で、早稲田大学政治経済学部を卒業しています。

短編「変調二人羽織」が第3回幻影城新人賞に入選し、同作が『幻影城』1978年1月号に載って世に出ました。1981年に「戻り川心中」で第34回日本推理作家協会賞(短編部門)、1984年には『宵待草夜情』で第5回吉川英治文学新人賞、『恋文』で第91回直木賞を受けています。

大胆な仕掛けと叙情の濃い文章を一つの作品のなかに同居させる作風で知られ、ミステリの技法を心の機微の描写に生かした恋愛小説でも評価を得ました。直木賞のあとは大衆小説に軸足を移しながら、誘拐ものや心理劇などのミステリも書き続けました。

1987年に得度した真宗大谷派の僧侶でもありました。1996年には『隠れ菊』で柴田錬三郎賞を受けています。

2013年10月に65歳で亡くなり、翌年、日本ミステリー文学大賞特別賞が贈られました。

書誌情報

出版社
光文社 / 光文社文庫
刊行年
1978
ISBN-13
9784334747145
系譜
戦後昭和国内 / 連作短編
受賞歴

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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