現代国内 2024
目撃者は五人もいた。
容疑者は三つ子だった。
『伯爵と三つの棺』潮谷験

書評

伯爵と三つの棺

容姿の似た三つ子の誰が撃ったのかを、鑑定技術のない時代に論理だけで詰めていきます。

伯爵と三つの棺 表紙画像
潮谷験 講談社(講談社文庫)2024年
目次

目撃者は五人いました。それでも、誰が撃ったのかは決まりません。

容疑者の三兄弟は、容姿の似通った三つ子だったからです。潮谷験『伯爵と三つの棺』は、フランス革命が起き、封建制度が崩れていくヨーロッパの小国を舞台に、この一点をめぐって組み上げられた謎解きミステリです。

舞台には「四つ首城」という名の城が控えています。解答が一度では終わらない、多重解決の形式をとる作品です。

物語の入り口

時代は、フランス革命が起き、封建制度が崩壊していくころ。舞台はヨーロッパの小国です。

古い身分の秩序が足もとから崩れていく——その只中で、元・吟遊詩人が射殺されます。

容疑者として浮かぶのは三兄弟です。三人は「四つ首城」の改修をまかされていました。

城の手入れを請け負っていた兄弟が、そろって一件の射殺の疑いを負うことになります。

容疑者は三人に絞られ、しかも襲撃者を見た人間が五人もいます。ところが、五人の関係者の誰ひとりとして、犯人を特定できませんでした。

三兄弟は、容姿が似通った三つ子だったからです。

見た者がいるのに、見たものが誰を指すのかが定まらない。証言の数が多いことが、そのまま名指しの助けにはなりません。

しかも時代は革命期です。DNA鑑定も、指紋鑑定もまだ存在しません。

現代の捜査なら頼れたはずの道具が、最初から手元にない。残るのは、証言と状況と、それを組み立てる頭だけです。

そこで立ち上がるのが、ひとつの問いです。探偵は、純粋な論理のみで犯人を特定することができるのか。

物語はこの問いを正面に据えたまま動き出します。

整理すると、探偵の前に置かれた条件は三つです。一つ目に、襲撃の瞬間を見た人間は五人いる。

二つ目に、疑いのかかった三人は外見で見分けられない。三つ目に、見分けるための鑑定の技術がまだこの世にない。

三つがそろったところから、この謎解きは始まります。

読みどころ

核にあるのは、鑑定の技術がない時代に、三つ子を前に論理だけで犯人を名指せるかという問いです。

目撃者は五人、容疑者は三人、そして三人は見分けがつかない。この設定は、犯人当ての道具を一つずつ取り上げたうえで、論理だけを残す形になっています。

外見という手がかりは三つ子であることで使えず、科学的な鑑定は時代が許さない——何を使って、どこまで詰められるのか。問いの立て方そのものが、すでに謎解きの枠を決めています。

もうひとつの柱が、多重解決という形式です。解答が一度では終わらない謎解き、という枠組みが、この作品の骨格になっています。

その形式を掲げた作品が、「本格ミステリ・ベスト10」2025年版で国内4位に入り、本格ミステリ大賞の候補にも挙がりました。本格ミステリの名を冠したランキングと賞の両方で評価を得た、という事実は、この形式の作品を探している人にとって一つの目安になるはずです。

舞台の選び方も、この問いと結びついています。革命期のヨーロッパの小国、城の改修をまかされた兄弟、そして元・吟遊詩人。

現代の日本ではなく、鑑定技術が生まれる前の時代と場所が選ばれたことで、論理のみという条件が物語の上で成り立っています。

こんな人におすすめ

解答が一度で閉じない謎解きの形式を好む人に向いています。科学捜査のない舞台で、証言と状況から犯人を絞る本格を探している人にも合うでしょう。

革命期のヨーロッパの小国という、時代も場所も遠く離れた舞台で謎解きを味わいたい人にも薦められます。

作品の背景

『伯爵と三つの棺』が2024年7月に講談社から単行本で刊行されると、翌年版の年間ミステリランキングでの順位は次のとおりです。「このミステリーがすごい!」2025年版で国内5位、「本格ミステリ・ベスト10」2025年版で国内4位、「ミステリが読みたい!」2025年版で国内6位。

週刊文春ミステリーベスト10でも2024年の国内18位に入っています。さらに2025年には、第25回本格ミステリ大賞の小説部門、第78回日本推理作家協会賞の長編および連作短編集部門、第46回吉川英治文学新人賞の三つで候補に選ばれました。

単行本の刊行からおよそ1年のうちに、三つのランキングと三つの賞に名前が並んだことになります。

手に取るなら

いま手に取るなら、2026年2月13日刊の講談社文庫版です。A6判で定価は880円、Kindle 版も出ています。

2024年7月刊の講談社の単行本から、およそ1年7か月での文庫化でした。五人が見て、それでも決まらなかった犯人。

その一人を名指すための材料は、証言と状況のほかにありません。三つ子を前にした探偵と同じ場所に、読み手も立たされることになります。

潮谷験について

潮谷験は1978年、京都府の生まれです。大学で東洋史学を専攻したのち、2021年に『スイッチ』(刊行時に『スイッチ 悪意の実験』と改題)で第63回メフィスト賞を受けてデビューしました。

その後は『時空犯』『エンドロール』『あらゆる薔薇のために』『ミノタウロス現象』『伯爵と三つの棺』『名探偵再び』『誘拐劇場』と、ほぼ毎年のように新作を発表しています。押しても押さなくても報酬の変わらないスイッチをめぐる心理実験、千回近く繰り返される一日、フランス革命期のヨーロッパの小国と、作品ごとに舞台や設定を大きく変え、そのなかで筋の通った推理を組み立ててみせる書き手です。

『伯爵と三つの棺』は2025年に本格ミステリ大賞、日本推理作家協会賞、吉川英治文学新人賞の候補に挙がりました。日本推理作家協会の会員で、本格ミステリ作家クラブにも所属しています。

書誌情報

出版社
講談社 / 講談社文庫
刊行年
2024
ISBN-13
9784065422984
系譜
現代国内 / 多重解決
受賞歴
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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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