黄金期国内 1950
勝海舟の推理は、
七割がた外れる。
『明治開化 安吾捕物帖』坂口安吾

書評

明治開化 安吾捕物帖

勝海舟が推理を外し、新十郎が解く。明治を舞台にした推理連作。

明治開化 安吾捕物帖 表紙画像
坂口安吾 春陽堂書店(春陽文庫)1950年
目次

推理を外すのは、勝海舟の役目です。坂口安吾『明治開化 安吾捕物帖』は、洋行帰りの紳士探偵・結城新十郎と、維新の傑物・勝海舟の二人が、それぞれの推理で明治の事件に挑む連作です。

二人のうち、的を外す役に回るのは後者です。作者はその趣向を、巻頭の口上で最初から明かしてしまいます。

春陽文庫版は、その全20話から、人間の欲望と情念が濃く練りこまれた話を選んで編んだ一冊です。

物語の入り口

時は明治です。事件を解くのは二人で、一人は洋行帰りの紳士探偵・結城新十郎。

もう一人は維新の傑物で、いまは隠居の身にある勝海舟です。西洋を見てきた探偵と、時代の転換を担った人物。

立場のまったく違う二人が、同じ事件にそれぞれの推理を向けます——ただし、その結果の割合は、あらかじめ決められています。

この連作の変わったところは、物語が始まる前に作者が顔を出し、構成を説明してしまう点にあります。巻頭に置かれた「読者への口上」で、安吾は次のように断っています。

各話は五段構成で書かれていること。事件の説明が全体のおよそ6分の5を占めること。

推理のタネは第二段にそろえてあること。そして、海舟は毎々7分通り失敗すること。

つまり、第二段を読み終えた時点で、推理の材料はもう出そろっていることになります。そこから先は、同じ材料をもとに隠居が筋道を立て、洋行帰りの探偵が謎を解く。

事件の顛末を追いながら、材料の出そろう地点がどこかをあらかじめ知らされたまま、二人の推理を待つ位置に立たされるわけです。

作者は同じ口上のなかで、捕物帖なのだから厳密な推理小説ではない、とも断っています。構成を明かし、厳密な推理小説ではないと断ったうえで幕を開ける。

探偵作家クラブ賞を受けた作家が、捕物帖ではこうした前置きから話を始めています。

各話は1話ずつ独立していて、どこから読み始めても差し支えありません。一話を読み終えるごとに、隠居と紳士探偵の推理比べがひと勝負ずつ片づいていく、その区切りのよさも連作ならではです。

読みどころ

読みどころは、推理を外す役を勝海舟という大人物に割り振った、その趣向にあります。

推理を披露して外す役を引き受けるのは、維新の傑物として名の通った人物で、いまは隠居の身です。しかも作者は、その人物が7分通り外すと前もって宣言しています。

外れることが約束された推理を、外れると知りながら読み進める。口上を読んだあとの頁は、そういう順序で進んでいきます。

偉人が推理を披露して外し、洋行帰りの探偵が謎を解く。一話のなかに二人の推理が並び立つこの形が、連作全体の骨組みになっています。

もうひとつは、春陽文庫版の編み方です。この文庫は全20話からピカレスク色の濃い作品を選んだ傑作選です。

謎解きの形式を借りながら、集められているのは悪漢小説の匂いの濃い、欲に駆られた人間たちの話ばかりです——二人の推理が並び立つ趣向と、欲と情念の物語。その二つが、この一冊の柱になっています。

こんな人におすすめ

作者自身が厳密な推理小説ではないと断っている以上、隙のないパズルだけを求めて開くと、物足りなさが残るかもしれません。一方で、巨勢博士の登場する二作を読んで、この作家の探偵小説にもっと触れたくなった人や、勝海舟という歴史上の人物が推理を外す姿を見てみたい人には、手に取る理由がはっきりしている連作です。

1話ずつ独立しているので、移動の合間に1篇ずつ読み進める付き合い方もできます。

作品の背景

『明治開化 安吾捕物帖』の連載が『小説新潮』で始まったのは1950年10月号で、1952年8月号までに全20話が書かれました。第1話は「その一 舞踏会殺人事件」です。

坂口安吾の探偵小説としては、『不連続殺人事件』『復員殺人事件』に続く仕事にあたります。

手に取るなら

現在手に取るなら、2024年4月刊の春陽文庫版です。手に取りやすい価格で、ピカレスク色の濃い話を選んだ傑作選になっています。

連載された全20話は青空文庫で無料公開されているので、文庫で気に入った読者は、残りの話へ進むこともできます。この作家の探偵小説を第一作から順にたどるなら、『不連続殺人事件』は新潮文庫、高木彬光の書き継いだ『復員殺人事件』は河出文庫の電子版で読めます。

その先で、連作というかたちで書かれたのがこの捕物帖です。

坂口安吾について

坂口安吾は1906年、新潟市の生まれです。戦前にファルス風の短編『風博士』で注目され、終戦直後の1946年に発表した『堕落論』と『白痴』で一躍人気作家となりました。

太宰治、織田作之助らとともに無頼派と呼ばれます。

少年時代から探偵小説を愛読し、推理作家ではクリスティを最も高く買っていた人でもあります。1947年から雑誌『日本小説』に『不連続殺人事件』を連載し、1949年にこの作品で第2回探偵作家クラブ賞(現在の日本推理作家協会賞)を受けました。

その後も『復員殺人事件』や『明治開化 安吾捕物帖』など、謎解きの小説を書き続けています。純文学から歴史小説、評論まで手がけ、1955年に48歳で世を去りました。

書誌情報

出版社
春陽堂書店 / 春陽文庫
刊行年
1950
ISBN-13
9784394904809
系譜
黄金期国内 / 多重解決 · 連作短編

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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