ミステリーとしての読みどころ
「兄を探してほしい」。友人からそう頼まれた高校生が、マイクのスイッチを入れる——『優等生は探偵に向かない』は、ひとりの少女の調査が、ポッドキャストの電波に乗って外へ広がっていく謎解きミステリです。
失踪した青年ジェイミーの足取りを追うピップは、集めた断片を番組で公開し、その代わりにリスナーから新しい手がかりを受け取っていく。調査がひとりの頭のなかだけで完結しないこと。
それが、この作品の呼吸を決めています。
著者について
著者ホリー・ジャクソンは、イギリス・バッキンガムシャー出身の作家です。子どものころから物語を書きはじめ、15歳で最初の小説を完成させたという早熟の書き手で、ノッティンガム大学では言語学と文芸創作を学び、英語の文学修士号を取得。
2019年に刊行したデビュー作『自由研究には向かない殺人』は英米でベストセラーとなり、2020年のブリティッシュ・ブックアワードでチルドレンズ・ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞しています。
本書は、その『自由研究には向かない殺人』に続く第2作。原書は2020年、日本では2022年に創元推理文庫から服部京子訳で刊行されました。
注目すべきは、年末のミステリ・ランキングでの並びです。〈週刊文春〉2022ミステリーベスト10の海外部門で第3位、〈ハヤカワ・ミステリマガジン〉ミステリが読みたい!2023年版の海外篇でも第3位、『このミステリーがすごい! 2023年版』海外編で第5位、『2023本格ミステリ・ベスト10』海外篇で第7位。
デビュー作で集めた注目に続き、第2作でも評価が重ねて確かめられた形です。
物語の入り口
物語は、ピップのもとに持ち込まれたひとつの頼みごとから動き出します。友人の兄であるジェイミーが姿を消した。
その行方を探してほしい、と。彼女は捜索の権限を持つ立場にあるわけでもなく、まだ高校に通う生徒です。
それでも依頼は彼女のところへ届き、彼女はそれを引き受けてしまう。この引き受けの一瞬に、ピップという人物のかたちがよく出ています。
彼女が手にしている道具は、特別なものではありません。関係者に会って話を聞くこと。
SNSに残された投稿や反応をたどること。そして、調査の進み具合をポッドキャストで配信すること。
最後のひとつが、この作品を独特なものにしています。ふつうなら胸の内にしまっておくはずの途中経過を、ピップは番組で公開してしまう。
すると今度は、それを聴いた誰かが「あの日、こんなものを見た」と情報を持ち込んでくる。調べる者と、聞いている者。
その境目がゆるやかに溶けたところに、本作の捜査は立ち上がります。
寄せられるのは、日付と時刻、そして断片的な目撃です。誰といたのか。
何時にどこへ向かったのか。何を言い、何を言わなかったのか。
それらを並べ替えるうちに、姿を消すまでのジェイミーが何をしていたのかが、少しずつ像を結びはじめます。読者が渡される材料は、ピップが受け取ったものとほとんど同じで、順番までほとんど同じ。
つまり、こちらにも考える余地は常に開かれています。手元の断片を自分でも並べ替えながら、次の放送を待つ聴取者のような位置で読み進めることになる——そういう距離感の作品です。
公式の紹介文が「ピップの類い稀な推理が、恐るべき真相を暴きだす」と書くとおり、その先に用意されているものは相応に強い。
読みどころ
読みどころは、探偵の作業をまるごと読者に開いてみせる構造にあります。 調査の途中経過を公開し、反応を受け取り、それを材料にまた次の一歩を踏み出す。
この往復があるおかげで、手がかりの出どころが常に読者の目の前にさらされます。どこから来た情報なのか、誰の口から出た言葉なのか、それがいつの時点のものなのか。
謎解きの前提が共有されたまま進むので、話が動くほどに、読み手のなかでも仮説が育っていく。ページをめくる速度が上がっていくタイプの作品でありながら、その速度が地道な聞き込みと時系列の積み上げによって支えられているところに、この書き手の律儀さがあります。
こんな人におすすめ
相性で言えば、事件が矢継ぎ早に起こる派手さや、超人的な閃きの見せ場を期待すると、序盤の歩幅を少し慎重に感じるかもしれません。本書が差し出すのは、話を聞き、記録を照らし合わせ、細かな食い違いを拾っていく手つきの面白さ。
逆に、探偵と同じ材料を与えられて一緒に考えたい読者、現代の高校生の生活とネットの手ざわりごと事件を描いた現代英国ミステリを読みたい読者には、気持ちよくはまるはずです。三部作の第2作にあたるので、まずは前作から順に読むのが心地よいでしょう。
手に取るなら
入手は創元推理文庫版(服部京子訳)で、巻末には阿津川辰海氏による解説が付されています。訳者の服部京子は中央大学文学部の出身で、『自由研究には向かない殺人』『優等生は探偵に向かない』『卒業生には向かない真実』とシリーズ三作をひと続きの声で訳しているほか、ホプキンソン『こうしてぼくはスパイになった』などを手がけてきた翻訳家。
本書が気に入ったら、完結編『卒業生には向かない真実』へそのまま進めますし、著者には『夜明けまでに誰かが』という別の長編もあります。現代英国の若い書き手による謎解きミステリの、いまいちばん確かな入り口のひとつです。