ミステリーとしての読みどころ
高校の自由研究に、自分の住む町で起きた事件を選ぶ。しかも、犯人も動機もとうに決着したことになっている事件を——『自由研究には向かない殺人』は、ひとりの女子高生が学校の課題を口実に、閉じられたはずのファイルを開き直していく物語です。
聞き込みの相手は遠い土地の他人ではありません。同じ町に暮らし、彼女の顔と名前を知っている人たち。
調べれば調べるほど、逃げ場のない場所へ足を踏み入れていく構造になっています。
著者について
著者のホリー・ジャクソンは、イギリス・バッキンガムシャー出身の作家です。子どものころから物語を書きはじめ、15歳で最初の小説を完成させたといいます。
その後ノッティンガム大学で言語学と文芸創作を学び、英語の文学修士号を取得しました。2019年に世に出た本書がデビュー作にあたります。
英米でベストセラーとなり、2020年のブリティッシュ・ブックアワードでチルドレンズ・ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞。以後『優等生は探偵に向かない』『卒業生には向かない真実』と書き継がれ、三部作の第1作として読まれるようになりました。
ほかに『夜明けまでに誰かが』などの作品があります。
日本語版は2021年、創元推理文庫から服部京子訳で刊行されました。その年末から翌年にかけての評価は、なかなか壮観です。
〈ハヤカワ・ミステリマガジン〉の「ミステリが読みたい!」海外篇で第1位、『このミステリーがすごい! 2022年版』海外編で第2位、〈週刊文春〉2021ミステリーベスト10の海外部門で第2位、『2022本格ミステリ・ベスト10』海外篇でも第2位。楽天Kobo電子書籍Award 2023では、小説(海外編)大賞に選ばれています。
エンタメとしての推進力と、謎解きとしての骨格。その両方が評価された結果と言っていい並びでしょう。
物語の主人公は、ピップという高校生です。彼女が自由研究のテーマに選んだのは、自分の住む町で起きた17歳の少女の失踪事件でした。
町の誰もが知っていて、町の誰もが積極的には口にしたがらない出来事。というのも、その事件はすでに終わったものとして扱われているからです。
少女の交際相手だった少年が彼女を殺し、そのまま自ら命を絶った——それが、この町が共有している結末でした。
ただ、ピップにとって、その結末はどうしても収まりが悪いものでした。彼女はその少年と親しかったからです。
人柄を知っていた。言葉を交わしたことがあった。
世間が当然のように受け入れている筋書きと、自分の記憶にある彼の姿が、どうしても重ならない。だからピップは、彼の無実を証明するために動きはじめます。
とはいえ、高校生が「あの事件をもう一度調べたい」と正面から告げて、素直に応じてくれる大人はそういません。そこで彼女が使ったのが、自由研究という体裁でした。
学校の課題です、と言えば扉は開く。この口実の切実さと図々しさが、本書の出発点になっています。
こうしてピップは、当時の関係者に一人ずつ会いに行きます。話を聞き、録音し、書き起こし、気づいたことを書き留める。
地味な作業の連続です。それでも、当時その場にいた人々の言葉が一つずつ手元に並んでいくにつれ、噂と要約でしか語られてこなかった出来事は、少しずつ具体的な手ざわりを取り戻していきます。
そしてある時点から、調査は彼女にとって望ましくない方向へ動きはじめる。身近な人物が、容疑者として浮かび上がってくるのです。
誰かの無実を証明しようとする行為が、別の誰かを疑う行為に反転していく。ここから先、ピップは自分で選んだテーマに追いつかれる側へまわっていきます。
読みどころ
読みどころは、ピップの手元に積み上がっていく「記録」そのものが読み物になっているところです。 本書には、インタビューの書き起こしや作業ログといった資料が地の文の合間に差し挟まれます。
おかげで読者は、彼女が集めた材料を、彼女とほぼ同じ順番・同じ分量で受け取ることになります。誰が何を言い、どこを言い淀んだのか。
読み進めるうちに、自分でも人物の名前を並べて線を引きたくなってくる。読者が置かれるのは、机の向かいに座ってピップと一緒に資料をめくる位置です。
ページをめくる手が止まらない、と評されるタイプの作品でありながら、進み方そのものは驚くほど地道です。
もうひとつは、主人公の造形。ひたむきで、要領がよく、そして踏み込みすぎる。
誰かのために始めた調査が、やがて自分自身の判断を試す場になっていく——その過程が、青春小説としての手ざわりを作っています。謎解きの興味と、主人公の成長の物語が同じ線の上に乗っているのは、この作品の強みでしょう。
こんな人におすすめ
相性の話をすると、密室や時刻表のような仕掛けの精緻さを第一に求める読者には、序盤の歩みがゆっくりに感じられるかもしれません。本書が積み上げるのは、あくまで証言と記録です。
逆に、聞き込みの積み重ねから輪郭が立ち上がっていく捜査の手ざわりが好きな読者、主人公と一緒に情報を整理しながら読みたい読者には、まっすぐ届く一冊です。学園を舞台にした青春小説として読める間口の広さもあり、海外ミステリを読み慣れていない人が最初の一冊に選んでも迷わないはずです。
手に取るなら
入手は創元推理文庫版(服部京子訳)で、巻末には若林踏氏による解説が付されています。服部京子は続く『優等生は探偵に向かない』『卒業生には向かない真実』も同じく手がけており、三部作を通して同じ声で読み通せるのはありがたいところ。
本作を気に入ったなら、そのまま続きへ進む道が用意されています。まずは一作目のこの本から、町でいちばん有名な事件を調べ直す高校生の自由研究に付き合ってみてください。