ミステリーとしての読みどころ
一通の招待状から、すべてが動きだします。試験が終わった週末、友人の家で犯人当てゲームが開かれる——参加者に配られる舞台は、1924年、孤島に建つ大富豪の館。
『受験生は謎解きに向かない』(原題 Kill Joy)は、ホリー・ジャクソンの人気シリーズの前日譚にあたる中編です。現代の高校生たちが、黄金期の探偵小説がこしらえてきた舞台装置のなかへ、遊びとして足を踏み入れる。
その一晩を描いた一編です。
著者について
著者のホリー・ジャクソンは、イギリス、バッキンガムシャーの出身。子どものころから物語を書きはじめ、15歳で最初の小説を完成させたという、筋金入りの書き手です。
ノッティンガム大学で言語学と文芸創作を学び、英語の文学修士号を取得。2019年に刊行したデビュー作『自由研究には向かない殺人』は英米でベストセラーとなり、2020年のブリティッシュ・ブックアワードでチルドレンズ・ブック・オブ・ザ・イヤーを受賞しました。
以後、『優等生は探偵に向かない』『卒業生には向かない真実』とシリーズは続き、ほかに『夜明けまでに誰かが』や The Reappearance of Rachel Price(2024)といった作品があります。
本作は、そのシリーズの主人公ピップが、第1作より前の時間を過ごしている一編です。原書は2021年、邦訳は2024年に創元推理文庫から。
中編という短い尺で、扱われるのは架空の殺人事件。出版社の紹介文が「爽やかで楽しい」と言い切る読み心地が、そのまま通っている作品です。
物語の入り口
物語は、ピップのもとに届いた招待状から始まります。試験が終わった週末に、友人の家で犯人当てゲームをやる。
参加者はそれぞれ役を割り当てられ、架空の殺人事件の登場人物として一晩だけ振る舞う——そういう趣向の集まりです。用意された舞台は1924年、孤島に建つ大富豪の館。
招かれた顔ぶれは、同級生とその兄をあわせて7人。試験漬けだった頭を切り替えて、彼らは百年近く昔の館の住人になりすまします。
もっとも、ピップ自身は当初あまり乗り気ではありません。作り物の殺人にどこまで本気になれるかは人それぞれで、はじめから身を入れられるとはかぎらない。
招待に応じたはいいものの、気分が乗り切らないまま卓に着く、あの宙ぶらりんな時間から本作は立ち上がります。この助走があるおかげで、読者はゲームの外側にいる者の目線をいったん共有することになります。
ところが、ゲームは開始早々に動きます。館の主の刺殺死体が発見されるのです。
これで配置は揃いました。閉ざされた孤島、逃げ場のない館、そこに居合わせた面々、そして真ん中に横たわる一体の遺体。
黄金期の探偵小説が幾度も組み立ててきた図面が、現代の高校生の週末に、そっくりそのまま引き写される。しかも今回、その図面は誰かに解かれるために描かれています。
犯人当てゲームである以上、手がかりは配られ、答えは用意されている。参加者は最初から、解くことを許された立場に置かれているのです。
そして、渋っていたはずのピップが、少しずつ前のめりになっていきます。読者は妙な位置に立たされます。
卓に着いた一人としてピップの隣で手がかりを拾い集める位置と、その卓ごと外から眺めて「この子は本当に入り込んでいくのだな」と見守る位置。ゲームの内側と外側を行き来しながら、一人の少女が謎に捕まっていく瞬間に立ち会うことになるのです。
読みどころ
読みどころは、黄金期の型を借りた遊戯を通して、ピップが「謎を解くこと」に捕まっていく過程そのものにあります。 犯人当てゲームという設定は、フェアプレイの約束を作品の内側に持ち込む仕掛けでもあります。
手がかりが配られること、答えが存在すること、参加者に等しく推理の権利があること——古典的な謎解きが読者と交わしてきた約束が、そのまま作中のルールになっている。黄金期の館ものが好きな読者ほど、この入れ子の構造をにやりと楽しめるはずです。
もうひとつ、シリーズの出発点としての価値があります。本作はデビュー作の前日譚にあたる位置づけで、ピップという人物が謎解きとどう出会ったのかを、独立した一編として読ませてくれる。
中編なので分量は軽く、通勤の行き帰りほどの時間で読み切れる長さです。シリーズをこれから読む人にとっては手ごろな入り口になり、すでに親しんでいる人にとっては、あの主人公の始まりを見に行く一編になります。
古典的な館ものやクローズドサークルの型が好きで、それが現代の高校生の週末に持ち込まれる面白がりかたに乗れる読者には、まっすぐ薦められる一編です。短い時間で気持ちよく読み終えたい日にも向いています。
一方、長編ならではの重量感や、腰を据えた捜査の手ざわりを求めて開くと、中編の軽やかさは物足りなく感じられるかもしれません。そこは分量と趣向の性格であり、この作品が狙ったところが最初から違うと考えたほうが正確です。
手に取るなら
手に取るなら、創元推理文庫の一冊。訳は服部京子で、『自由研究には向かない殺人』『優等生は探偵に向かない』『卒業生には向かない真実』のシリーズ3作も同じ訳者が手がけているため、続けて読むときの声の連続性も保たれます。
巻末には瀧井朝世氏による解説を収録。まずはこの一夜のゲームから入って、そのままシリーズ本編へ進むという読み方も気持ちよく決まります。