招かれた学生を待つ奇怪な宴。
暗黒館の殺人
湖の小島に建つ黒い館へ招かれた大学生が、浦登家の人々のもとで謎めいた出来事に行き当たる、文庫全4巻の長大な一作。
霧の立ちこめる峠を越えた先、湖に浮かぶ小島に、黒い館が建っています。浦登家の一族が暮らす「暗黒館」です。
『暗黒館の殺人』は、館シリーズ第7作にあたる、全四巻の長編です。当主の息子・玄児に招かれた大学生・中也は、この館で謎めいた出来事に次々と行き当たります。
十角塔からの墜落者、座敷牢、美しい異形の双子、そして奇怪な宴。怪奇と幻想の意匠を纏いながら、芯は謎解きに据えられている。
長さそのものを楽しむための、まとまった時間を用意して臨む一冊です。
物語の入り口
九州の山深く、峠には蒼白い霧がかかっています。それを越えた先、湖のなかの小島に、漆黒の館が建っている。
暗黒館。そこに暮らすのは、浦登家の人々です。
館の名からして、最初から穏やかではありません。外界から隔てられた湖上の小島、という立地が、その印象をいっそう強めます。
この館を訪れるのが、大学生の中也です。招いたのは、当主の息子・玄児。
玄児の招きに応じて、中也は霧の峠を越え、湖を渡り、漆黒の館に足を踏み入れます。そして、謎めいた出来事に次々と出くわすことになる。
そこで待っているのは、十角塔からの墜落者、座敷牢、美しい異形の双子、そして奇怪な宴。どれもひとつだけで一篇の物語になりそうな要素が、ひとつの館のなかに詰め込まれています。
十角塔から人が落ちる。館のなかに座敷牢がある。
美しく、しかし異形の双子がいる。そして、奇怪な宴が催される。
何が起きているのか、なぜこの館はこうなのか。中也とともに、読者は暗黒館の廊下を歩きながら、その問いをひとつずつ抱えていくことになります。
読者は、この館に長く滞在することになります。全四巻という分量は、そのための時間です。
怪奇と幻想の意匠が、ページのあちこちに置かれている。座敷牢、異形の双子、漆黒の館。
ゴシックの趣味に満ちた道具立てを、綾辻行人はためらいなく並べます。ただし、その芯にあるのは謎解きです。
十角塔からの墜落者も、座敷牢も、異形の双子も、雰囲気を盛り上げる飾りとして並べられているのではなく、それぞれがひとつの問いとして読者の前に差し出されます。
読みどころ
怪奇と幻想の意匠を纏いながら、芯は謎解きに据えられている。その両立が、全四巻の長さを通して崩れません。
湖上の小島、漆黒の館、忌まわしき一族、異形の双子、奇怪な宴。道具立ては幻想小説そのもので、ページを開けば闇の匂いが立ち上ります。
それでいて、この館で起きる出来事は、最後まで謎として置かれている。怪奇の匂いの濃い本格ミステリを探しているときに、手に取る候補になる作品です。
もうひとつは、長さそのものです。講談社文庫で全四巻。
その分量を読み通す時間は、そのままこの館に滞在する時間です。ページを重ねるほど、漆黒の館の廊下の暗さや、浦登家の人々がまとう影の濃さが、少しずつ肌になじんでいく。
長い滞在でしか味わえない馴染み方です。急いで読む本ではありません。
全四巻を一巻ずつ、霧の峠の向こうの館へ通うように読み継いでください。長さを楽しめる人にとって、これは贅沢な一冊です。
こんな人におすすめ
館・クローズドサークルの道具立てに心が躍る読者、怪奇と幻想の香りの濃い本格を求める読者に向いています。十角塔、座敷牢、異形の双子と聞いて胸が騒ぐなら、それがこの館と相性のよい合図です。
館シリーズを順に読んできて、七つ目の館に辿り着いた人なら、迷わず開いてかまいません。まとまった時間が取れるときに読む本です。
逆に、短く軽い読み物を求める気分のときには、全四巻の重さは手に余るかもしれません。
作品の背景
館シリーズの第7作にあたる本作では、綾辻行人がほかの作品にも持ち込んできた怪奇と幻想の色が、館という舞台いっぱいに広がります。
刊行は2004年9月、講談社ノベルスから上下巻で。2007年10月と11月には講談社文庫で全4巻に分冊され、現行版はこの文庫版です。
電子版もあります。文庫最終巻の巻末には、恩田陸「暗黒館の諸相」ほかの特別寄稿が収められています。
2005年の第5回本格ミステリ大賞・小説部門では候補作となり、投票で13票を集めました。
手に取るなら
現行版は講談社文庫、全4巻。館シリーズの第7作ですが、館も事件も作品ごとに独立していますから、本作から入っても問題ありません。
ただし、四巻ぶんの時間は最初から確保してください。途中で中断すると、霧の峠の向こうに戻るのが少し難しくなります。
漆黒の館は、一気に滞在するのがいちばんです。
綾辻行人について
綾辻行人は1960年、京都市の生まれです。京都大学教育学部に進んで京大推理小説研究会に所属し、のちに妻となる小野不由美と同期でした。
研究会には我孫子武丸や法月綸太郎も在籍しています。大学院在学中の1987年に『十角館の殺人』でデビューし、この一作がのちに「新本格」と呼ばれる流れの起点になりました。
1992年には『時計館の殺人』で第45回日本推理作家協会賞(長編部門)を、のちには第22回日本ミステリー文学大賞を受けています。
奇妙な館を舞台にした館シリーズを書き継ぐ一方で、囁きシリーズや『殺人鬼』、『Another』、『深泥丘奇談』の連作など、恐怖と怪奇を主眼に据えた作品にも長く取り組んできました。漫画家の楳図かずおを「わが心の師」と公言しており、謎解きの骨組みを組み上げる仕事と、怖さを描く仕事を並行して続けてきた作家です。
書誌情報
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