密室の惨劇が書かれた。
びっくり館の殺人
異様な腹話術劇に少年たちがおののき、クリスマスの夜に密室の惨劇が起こる館シリーズ第8作。
あやしい噂が囁かれるお屋敷町に、洋館が建っている。その名も、びっくり館。
『びっくり館の殺人』は、館に住む少年と友だちになった三知也たちが、少年の祖父が演じる異様な腹話術劇におののき、やがてクリスマスの夜、密室の惨劇に立ち会う物語です。館シリーズの第8作でありながら、「かつて子どもだったあなたと少年少女のための」を掲げた叢書ミステリーランドの一冊として書き下ろされました。
語り手は小学6年生の永沢三知也。友だちの家へ遊びに通う少年の目の高さから、洋館での日々が語られます。
物語の入り口
お屋敷町には、あやしい噂が囁かれている洋館があります。びっくり館。
名前からして、ふつうの家ではありません。小学6年生の永沢三知也は、その館に住む少年と友だちになります。
噂の洋館の扉を、三知也たちは遊び仲間の家の扉として、何度もくぐるようになる。友だちの家に遊びに行く、というだけのことが、この館では少し違う意味を持ちます。
館には、少年の祖父がいます。祖父は、腹話術を演じる。
三知也たちはその劇を見せられ、おののきます。異様な、としか言いようのない劇です。
子供向けの出し物であるはずの腹話術が、なぜ異様なのか。祖父が人形のリリカに声を与えはじめると、見ている三知也たちは、笑うどころではなくなっていきます。
そして、クリスマスの夜。館で、密室の惨劇が起こります。
誰が、どうやって。問いの形は、館シリーズの他の巻と変わりません。
違うのは、それを見ているのが小学6年生だということ。腹話術劇におののいたその同じ少年が、今度は密室と向き合うことになります。
友だちの家で起きた惨劇を、小学生の目はどう受け止めるのか。通い慣れたはずの洋館が、聖夜のうちに、閉ざされた部屋を抱えた事件の現場へと姿を変えます。
読者は、三知也たちと同じ高さの目線で、びっくり館の廊下に立たされます。小学生の視点から書かれているので、文章はやさしい。
ミステリを読み慣れていない人にも差し出しやすい一冊です。ただし、やさしい文章で語られる出来事のほうは、少しもやさしくありません。
腹話術劇の異様さ、クリスマスの夜の密室。叢書ミステリーランドから出た本でありながら、内容は少しも緩められていない。
それが、この本の手触りです。
読みどころ
核にあるのは、少年少女向けの叢書から出ながら、館シリーズの手加減を一切しなかった構えです。 文章はやさしく、語り手は小学生。
それなのに、クリスマスの夜の密室という本格の骨組みが、きちんと据えられています。かつて子どもだった大人が読んでも、館シリーズの一作として過不足がない。
いま子どもである人と、昔そうだった人。その両方へ、同時に届くように書かれています。
もうひとつは、腹話術劇という道具立ての不気味さです。人形が喋る、という子供の遊びが、異様なものとして立ち現れる。
祖父の声を借りて人形が口をきく、その据わりの悪さが、物語全体の空気になっています。クリスマスの夜、お屋敷町の洋館、腹話術の人形。
冬の夜に読むのがよく似合う物語です。人形が口をきく場面の据わりの悪さは、灯りの少ない冬の夜の暗さと、いちばんよく釣り合います。
こんな人におすすめ
館シリーズを順に読んできて、少し毛色の違う巻を求めている読者。あるいは、ミステリを読み慣れていない人に最初の一冊を差し出したい読者。
どちらにも向いています。文章がやさしいので、若い読者にも薦められます。
逆に、分厚い長編の重さを館シリーズに求める人には、本作の軽やかさは少し物足りないかもしれません。ただ、軽いのは文章だけです。
中身は、館シリーズの名に恥じない出来です。
作品の背景
館シリーズのなかで、本作は少し変わった位置にあります。前が2004年9月の『暗黒館の殺人』、後が2012年1月の『奇面館の殺人』。
分厚い長編と長編のあいだに、少年少女へ向けた一冊が挟まっている格好です。
本作は2006年3月、叢書ミステリーランドの一巻として書き下ろされました。このレーベルは編集者・宇山日出臣の企画で2003年に始まり、2016年12月の最終配本まで全30冊。
箱入りクロス装のハードカバーで、箱の穴から表紙の一部がのぞく造本が話題になりました。2008年11月に講談社ノベルス、2010年8月に講談社文庫と版を移し、現行版は講談社文庫で324ページ。
電子版もあります。
手に取るなら
現行版は講談社文庫。館シリーズの第8作ですが、シリーズの他の巻を読んでいなくても物語は追えます。
クリスマスの夜の物語ですから、読むなら冬の夜に。一晩で読み切れる分量ですから、聖夜の読書にもちょうどいい。
腹話術の人形が待つ洋館へは、子どもだった頃の目線のまま入っていくのがいちばんです。
綾辻行人について
綾辻行人は1960年、京都市の生まれです。京都大学教育学部に進んで京大推理小説研究会に所属し、のちに妻となる小野不由美と同期でした。
研究会には我孫子武丸や法月綸太郎も在籍しています。大学院在学中の1987年に『十角館の殺人』でデビューし、この一作がのちに「新本格」と呼ばれる流れの起点になりました。
1992年には『時計館の殺人』で第45回日本推理作家協会賞(長編部門)を、のちには第22回日本ミステリー文学大賞を受けています。
奇妙な館を舞台にした館シリーズを書き継ぐ一方で、囁きシリーズや『殺人鬼』、『Another』、『深泥丘奇談』の連作など、恐怖と怪奇を主眼に据えた作品にも長く取り組んできました。漫画家の楳図かずおを「わが心の師」と公言しており、謎解きの骨組みを組み上げる仕事と、怖さを描く仕事を並行して続けてきた作家です。
書誌情報
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