何かに怯えていた。
Another
転校先の教室に漂う名状しがたい違和感。中学校の教室を舞台にした長編。
転校先の教室が、何かを怖がっている。夜見山北中学の三年三組に移ってきた榊原恒一がまず感じるのは、その空気のおかしさです。
気になる同級生の見崎鳴に近づこうとしても、わからないことは増える一方で、やがてクラス委員長の桜木がむごい死に方をします。『Another』は、館を舞台にした連作を書いてきた綾辻行人が、中学校の一クラスという身近な場所を選んで書いた長編です。
2010年版「このミステリーがすごい!」国内編で第3位に入り、2012年にはテレビアニメと実写映画にもなりました。
物語の入り口
榊原恒一は転校生です。転校先は、夜見山北中学の三年三組。
教室に入った彼が最初に感じたのは、違和感でした。クラスの雰囲気が、どこかおかしい。
誰もが何かを避けているような空気が、教室に漂っている。転校してきたばかりの恒一には、その理由がわかりません。
来たばかりの教室の事情を、彼はまだ何ひとつ知らないのです。それでも、空気だけは確かにそこにある。
そのクラスに、ほかの生徒とは違う気配をまとった少女がいます。見崎鳴。
ミサキ・メイ、とカタカナで表記されることもある名前です。恒一は彼女に惹かれ、話しかけようとします。
ところが、近づけば近づくほど、わからないことが増えていく。恒一の問いかけは、そのたびに手ごたえのないまま宙に浮きます。
そんな中、クラス委員長の桜木が、凄惨な死を遂げます。物語は、そこで一度、問いを投げます。
この教室で、何が起きているのか。転校生の恒一にも、読者にも、まだ何もわかりません。
わかっているのは、教室の空気が怯えていたこと、不思議な少女がいること、そして委員長が死んだこと。それだけです。
読者は、恒一と同じ転校生の位置に立たされます。中学校の一クラスという、ごく身近な閉じた空間。
学級という単位は、そこに属する者にとって逃げ場が少ない。転校してきた以上、その教室に毎日通うしかない。
その不自由さが、物語の圧を高めていきます。館でも孤島でもない、誰もが通ったことのある場所で、恐怖は静かに立ち上がります。
読みどころ
恐怖が立ち上がる場所は、中学校の一クラスという、誰もが知っている教室です。 綾辻行人はこれまで、奇矯な館や閉ざされた場所で物語を組み立ててきました。
本作の舞台は、教室です。逃げ場が少ないという点では、館や孤島と同じ。
しかし、そこに通う人の数と、その日常の平凡さがまるで違う。恐怖の立ち上がり方が丁寧で、教室の空気の変化を、読者は転校生と同じ速さで感じ取ることになります。
もうひとつは、謎の置き方です。怯える教室と、不思議な少女と、委員長の死。
教室はなぜ怯えているのか、見崎鳴という少女は何者なのか、委員長はなぜ死んだのか。三つの問いがどれも同じ教室の中に置かれ、恒一の目の届く範囲に並んでいます。
この配置が、読者を教室の空気のなかへ引き込み、「何が起きているのか」という問いを手放させません。文章は平明で、読む速度が出る。
恐怖小説を読み慣れていない人にも入りやすく、それでいて、読み終えたあとの手応えは重い。
こんな人におすすめ
怪奇と幻想の香りを好む読者、学校という舞台の閉塞感に惹かれる読者に向いています。綾辻行人の名前をアニメや映画で知った人が、原作の活字に触れる最初の一冊としても最適です。
上下巻ですが文章は平明ですから、週末にまとめて読み切るのに向いています。逆に、館や孤島といった古典的な盤面を求めて開くと、教室という舞台の身近さに、最初は戸惑うかもしれません。
作品の背景
綾辻行人が、学校という現代的な場所を選んで書いたのが本作です。『野性時代』に2006年8月号から2009年5月号まで、およそ3年にわたって連載され、単行本は連載を終えた年の秋、2009年10月に角川書店から出ました。
2011年11月に角川文庫の上下巻、2012年3月には角川スニーカー文庫にも入り、電子書籍とオーディオブックもあります。
2010年版「このミステリーがすごい!」国内編で第3位。第10回本格ミステリ大賞の小説部門では候補となり、15票を集めています。
原作小説の累計発行部数は65万部を超え、2012年にはP.A.WORKS制作のテレビアニメが1月から3月にかけて全12話で放送され、同年8月には山﨑賢人と橋本愛の主演で実写映画が公開されました。関連作に『Another エピソードS』『Another 2001』があります。
手に取るなら
現行版は2011年11月に出た角川文庫の上下巻で、角川スニーカー文庫版やオーディオブックでも読めます。アニメや映画から入った人にとっては、映像とは別の速さで、活字の教室に入り直すことになります。
上下巻の厚みを抱えて、夜見山北中学の三年三組へ。転校生と同じ席に座って、あの違和感を味わってください。
綾辻行人について
綾辻行人は1960年、京都市の生まれです。京都大学教育学部に進んで京大推理小説研究会に所属し、のちに妻となる小野不由美と同期でした。
研究会には我孫子武丸や法月綸太郎も在籍しています。大学院在学中の1987年に『十角館の殺人』でデビューし、この一作がのちに「新本格」と呼ばれる流れの起点になりました。
1992年には『時計館の殺人』で第45回日本推理作家協会賞(長編部門)を、のちには第22回日本ミステリー文学大賞を受けています。
奇妙な館を舞台にした館シリーズを書き継ぐ一方で、囁きシリーズや『殺人鬼』、『Another』、『深泥丘奇談』の連作など、恐怖と怪奇を主眼に据えた作品にも長く取り組んできました。漫画家の楳図かずおを「わが心の師」と公言しており、謎解きの骨組みを組み上げる仕事と、怖さを描く仕事を並行して続けてきた作家です。
書誌情報
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