伯爵の孫が殺された。
迷路荘の惨劇
富士山麓の迷路のような屋敷で伯爵の孫が殺され、金田一耕助が謎を追う長編。
廊下が廊下へ折れ、折れた先でまた分かれる。明治の元勲、古館伯爵が富士山の裾野に建てた別荘は、あまりに入り組んだ造りのために、人々から陰で「迷路荘」と呼ばれていました。
正式な名は名琅荘。けれども題名に残ったのは、そう呼ばずにいられなかった側の名のほうです。
『迷路荘の惨劇』は、その屋敷で伯爵の孫が殺されるところから始まる、金田一耕助シリーズの一冊です。舞台となる建物そのものが、物語の主役を務めます。
物語の入り口
建てたのは、明治の元勲・古館伯爵です。富士山の裾野に構えたその別荘は、入り組みすぎた設計で、廊下がどこへ続くのか、住む者にもすぐには見当がつきません。
訪れた者は、まず自分がどこにいるのかを確かめるところから始めなければなりません。読み手がまず通されるのは、その屋敷の中です。
殺されたのは、伯爵の孫でした。何者かに、この屋敷で。
事件の解明に乗り出すのが金田一耕助です。屋敷の主だった伯爵の名は明治の元勲として残り、その孫が、いま同じ屋敷で命を落とした。
祖父から孫まで、この建物は同じ場所に立ち続けています。そしてこの屋敷には、もうひとつの時間が刻まれています。
20年前にも、ここでは血の流れる事件が起きていました。現在の殺人とは別に、屋敷は20年前の出来事を抱えている——この建物は、孫の死より前から、すでに血を知っていたのです。
読者が案内されるのは、金田一のすぐ後ろです。廊下を折れるたびに部屋が現れ、部屋のどれかに、20年前の記憶が残っている。
現在の殺人を追いながら、探偵の足は、いやおうなく過去の惨劇の跡へも向かいます。探偵が歩く廊下は、現在の事件へ続く道であると同時に、20年前へ戻る道でもあります。
二つの時間を、一軒の屋敷が同時に抱えている。金田一が迷路の奥で何を見つけるのか、読者は探偵と同じ廊下を歩いて知ることになります。
読みどころ
題名が示すのは、屋敷の正式な名ではなく、人々が陰で呼び替えた名のほうです。
名琅荘という名は、建てた側が付けたものです。迷路荘という名は、その中で迷った側が付けました。
題名にこの陰口の名が採られていることが、本作の読み味をよく表しています。舞台になるのは、山里の旧家ではなく、人の手で複雑にされた一軒の建物です。
廊下の折れ方、部屋の並び。読者は探偵と一緒に見取り図を頭に描きながら読むことになります。
建物そのものが主役だと冒頭で書いたのは、その読み方のことです。
もうひとつは、過去の惨劇と現在の殺人を重ねる組み立てです。この形は、横溝正史が何度も試したものでもあります。
『女王蜂』『不死蝶』『悪魔の手毬唄』にも、年月を隔てた二つの事件が置かれています。この作品では、その二つの時間が、同じ一軒の屋敷のなかに置かれています。
人が造った迷路が、20年の歳月を経てなお同じ場所に立っている。1956年の短編が20年近くをかけて長編に育った成立史と、20年前の因縁を抱えた屋敷の物語とが、どこか重なって見えます。
山里の風土を期待して開くと、一軒の屋敷に絞られた舞台は狭く映るかもしれません。けれども、その狭さのなかで廊下を折れるたびに空気が変わる感触は、ここでしか味わえません。
金田一耕助ものの舞台といえば山里の旧家を思い浮かべる読者ほど、迷路荘の廊下は新鮮に映るはずです。
作品の背景
『迷路荘の惨劇』には、長い成立の道のりがあります。原型は『オール讀物』1956年8月号に載った短編「迷路荘の怪人」でした。
3年後の1959年、東京文芸社の叢書『金田一耕助推理全集』第5巻に入るとき、同じ題のまま中編へ改稿されます。さらに加筆と修正を重ねて長編に仕立て直され、1975年5月、285ページの一冊として東京文芸社から出ました。
短編から中編、中編から長編へ——書き足すたびに廊下が延びていったような育ち方です。長編として出た1975年は、横溝正史の本がふたたび大量に売れていた時期にあたります。
手に取るなら
いま読めるのは角川文庫〈金田一耕助ファイル〉8で、512ページ。1976年6月の発売です。
テレビドラマにも2014年3月までに2度なっています。金田一耕助シリーズの一冊ですが、本作だけで物語は閉じますから、読む順を気にする必要はありません。
ほかの金田一耕助ものを先に読んでいれば、屋敷一軒に舞台を絞った造りの違いが、いっそうはっきり見えてきます。廊下の折れる先に何があるのか、探偵の後ろについて確かめたくなる一冊です。
横溝正史について
横溝正史は1902年、兵庫県神戸市の生まれです。1921年、雑誌『新青年』の懸賞で一等に選ばれた「恐ろしき四月馬鹿」で世に出て、大阪薬学専門学校を卒業したのち、1926年に江戸川乱歩の招きで上京して博文館に入りました。
『新青年』などの編集長を務め、1932年に退社して作家専業となります。戦前は由利麟太郎を探偵役にした『真珠郎』などを書き、戦時中は岡山県に疎開しました。
戦後、金田一耕助が初めて登場する『本陣殺人事件』で1948年に第1回探偵作家クラブ賞の長編賞を受け、『獄門島』『八つ墓村』『犬神家の一族』『悪魔の手毬唄』と、金田一ものの長編を書き継いでいきます。1970年代には角川文庫での再刊と映画化が重なって、まったく新しい世代の読者を得ました。
1976年に勲三等瑞宝章を受け、1981年に没しています。
書誌情報
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