ミステリーとしての読みどころ
引退者施設の一室で未解決事件のファイルを広げ、推理を戦わせて楽しんでいた70代の四人組。その趣味の会のもとへ、今度は遠い過去から一通の手紙が舞い込みます。
差出人はエリザベスの元夫。しかも元MI5の諜報員で、2千万ポンド相当のダイヤモンドをめぐる厄介事を抱え、海の向こうのマフィアに追われて身を隠しているという。
ファイルの中の事件を語り合ってきた四人の日常に、桁違いに物騒な現実が向こうから転がり込んでくる。『木曜殺人クラブ 二度死んだ男』は、そんな依頼から幕を開けるシリーズ第2作です。
著者について
著者のリチャード・オスマンが世に送り出した「木曜殺人クラブ」シリーズは、老人ホーム発の素人探偵団という発想で世界を席巻し、ユーモア謎解きミステリの新しい定番になりました。本書はその第2作にあたります。
本書の原書『The Man Who Died Twice』は2021年9月に刊行され、英国では発売から数日で十万部を超える勢いを見せて、シリーズの人気が一過性でないことを決定づけています。世界各国で激賞が相次いだという評判どおり、笑いと哀愁を同じ器に盛るこの作風は、第2作でいっそう多くの読者を掴みました。
前作から続く登場人物たちに再会できる喜びと、新しい事件が呼び込むスケールの大きさ。その両方を欲張りに詰め込んだのが本書です。
物語の起点は、やはりクーパーズ・チェイスに暮らす四人組です。人脈と段取りに長けたエリザベス、聞き上手で観察眼の鋭いジョイス、押しの強いロン、冷静な分析役のイブラヒム。
前作で本物の殺人に挑んだ面々のもとに、エリザベスの元夫ダグラスから助けを求める手紙が届きます。かつて諜報の世界に身を置いた彼女の過去が、ここで本格的に物語の前面へせり出してくる。
ダグラスは業務の最中に高額のダイヤモンドが絡むトラブルを抱え込み、米国のマフィアやその周辺の組織から狙われる立場になって、姿をくらませているのです。趣味の推理とはまるで桁の違う、スパイと犯罪組織がうごめく国際的な大事件。
四人はその渦の中へ、いつのまにか足を踏み入れていきます。前作の地元警察コンビ、ドナとクリスも引き続き顔を出し、老練な四人組と現役警官たちが並走しながら、それぞれの角度から事件へ迫っていく構図は健在です。
舞台が一気に広がったぶん、絡んでくる人物や組織も増え、はたして彼らにこの大きすぎる謎が解けるのか——と、読み手は気楽な茶飲み友達のつもりで座っていたはずが、いつしか手に汗を握る位置へ連れ出されることになります。物騒な世界の入り口に立ちながら、それでもどこかのんびりしたお茶の時間の匂いが漂い続けるのが、この四人と過ごす読書のたまらないところです。
読みどころ
第1作の軽妙さを保ったまま、事件のスケールだけを一段引き上げてきた。 それが本書のいちばんの手応えです。
牧歌的なリタイアメント・ヴィレッジの日常と、諜報やマフィアが絡む物騒な世界。本来なら交わりようのないふたつの領域を、四人組が平然と行き来してみせる可笑しさが、読みながらじわじわ効いてきます。
組織絡みの大きな線と、足元で起きる出来事とを、シリーズらしい二層構造で束ねていく筆運びにも隙がありません。笑いながらページをめくっているうちに、いつのまにか本格的な謎解きの盤面に立たされている。
その心地よい落差は、前作を気に入った読者ほど深く味わえるはずです。
そしてもう一つ忘れがたいのが、事件の合間にふと差し込まれる哀愁です。にぎやかな掛け合いの裏側には、老いや過ぎ去った歳月といったテーマが穏やかに織り込まれていて、豊かなユーモアの底からほろ苦い感情が立ちのぼってくる。
ただ笑って読み終える軽い読み物では終わらない、傑作謎解きミステリと評される所以が、この温度の陰影にあります。
一方で、緊迫感で息を詰めるダークなスパイ小説や、非情なクライムノベルを期待して手に取ると、この四人の飄々とした空気は少しのんびりして映るかもしれません。ここで描かれるのは、あくまで人間味あふれる老人たちの掛け合いを軸にした、ユーモアとほろ苦い哀愁の同居する謎解きです。
事件の重さそのものより、四人と長く付き合う時間を楽しみたい読者にこそ、深く刺さる一冊と言えます。逆に、そうした温度をいったん好きになれば、この四人ほど再会が待ち遠しくなる探偵たちもそういません。
手に取るなら
入手は早川書房・ハヤカワ・ミステリから、羽田詩津子訳で読めます。Kindle版・Audible版も流通しています。
楽しみ方としては、まず第1作『木曜殺人クラブ』から順に進むのが断然おすすめ。四人組の関係や、地元警察コンビとの距離感の変化が、第2作で一段と味わい深くなるからです。
シリーズはさらに第3作『木曜殺人クラブ 逸れた銃弾』へと続き、Netflixでの実写映画化も追い風になっています。この人懐こい四人組と長く付き合っていける、幸福な入り口のひとつです。