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REVIEW · 書評
N° 121 · 2026-07-21
デスチェアの殺人 表紙画像
現代英国 ★ イチオシ

デスチェアの殺人

M.W.クレイヴン / 早川書房(ハヤカワ・ミステリ文庫)
" 石打ちで殺された男の体に刻まれた解読不能のコード。ワシントン・ポー&ティリー第6作、シリーズ最暗部。
#英国警察の重厚#凸凹コンビ・相棒#見立て・暗号
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📝 管理人イチオシ書評 管理人実読・本サイト基準でイチオシ判定 ✓ 結末・犯人・トリックの種類には触れていません
curator's read

ミステリーとしての読みどころ

木に縛りつけられ、石を投げつけられて殺された男がいます。聖書に記された古い刑罰をそのままなぞったような殺害方法。

しかもその体には、数字とも文様ともつかない暗号が刻み込まれています。この一冊が読者に差し出すのは、そんな不穏きわまりない発端です。

ワシントン・ポー&ティリー・ブラッドショー・シリーズの第6作にして、「重大犯罪分析課 最後の事件」と銘打たれた、これまででもっとも暗い領域へ踏み込む物語が、静かに幕を開けます。奇怪な殺害方法の意味を追ううちに、読者はいつしか、人がここまでの残虐に手を染める理由そのものを見つめることになります。

著者について

著者のM.W.クレイヴンは英国の作家です。デビュー作『ストーンサークルの殺人』でCWAゴールドダガーを受賞して一気に注目を集め、そこから『ブラックサマーの殺人』『キュレーターの殺人』『ファクトリーの殺人』、前作『ボタニストの殺人』と巻を重ねてきました。

舞台となるのは英国カンブリア地方。元問題刑事のポーと、天才アナリストのティリーという凸凹コンビが、事件のたびに互いの流儀をぶつけ合いながら真相へ近づいていきます。

粘り強く現場を踏むポーと、データと論理で盤面を読むティリー。相性の悪そうな二人がいつしか手放せない相棒になっていく——その関係の変化こそ、続巻を追う最大の動機になってきました。

第6作の温度は、順を追ってきた読者ほど深く読み取れるはずです。

物語の発端で見つかるのは、木に縛られ石打ちで殺害された男の遺体です。被害者はあるカルト教団の指導者だった人物で、犯行にまとわりつく宗教的な象徴性が、捜査の最初から重く立ち上がってきます。

聖書の刑罰を模したかのような殺し方に、ポーは困惑を隠せません。なぜ、この殺され方でなければならなかったのか。

そして遺体には、複雑な暗号が刻み込まれていました。SCAS(重大犯罪分析課)の分析官ティリー・ブラッドショーが解読に手こずるほど難解なコード。

それは単なる模様ではなく、何かを指し示しているらしいのです。捜査の糸をたぐるうち、事件の鍵は教団の内部にあるのではないかという推測が二人の中で形をとりはじめます。

さらに輪郭の奥から浮かび上がってくるのが、15年前のある出来事——一人の少女が家族全員を殺害したという、痛ましい記憶です。当時の事件と、いま横たわるカルト指導者の死。

二つの時間はどこで交わるのか。そして人々が、それについて語るくらいなら口を閉ざすと言われる「慈悲の椅子(マーシーチェア)」とは、いったい何なのか。

読者はポーとティリーのすぐ後ろに立たされ、彼らがつかんだことだけを、彼らと同じ速度で知っていくことになります。しかも捜査班の足元は、外側からも揺さぶられます。

ポーの所属する重大犯罪分析課には上層部から嫌疑がかかり、内部にスパイが送り込まれる。チーム解体の危機が刻一刻と迫るなかで、二人は事件に向き合わなければなりません。

読みどころ

本シリーズが一貫して見つめてきたのは、「なぜ人間は追い詰められると暴力に向かうのか」という問いです。 本作はその問いを、これまででもっとも深い場所まで掘り下げていきます。

加害者と被害者を隔てる線がしだいに滲み、どちらの側に立つべきなのか読者の足場さえ危うくなる——そういう領域に、物語は臆せず踏み込みます。ここで試されるのは、事件の謎解きだけではありません。

ポーの現場主義とティリーの解析。二つの捜査スタイルがどちらも限界まで引き出され、コンビの関係性そのものがプロットの一部として動いていきます。

ふだんは軽妙なやり取りで場を和ませるティリーの存在が、暗い題材を前にしたとき、いつもとは違う重みを帯びて胸に迫ってくる瞬間もあります。事件を追うことが、そのまま人間の奥底を静かにのぞき込むことになる。

シリーズ最暗部という評判は、決して大げさなものではありません。

一方で、軽やかな謎解きや後味のさわやかさを第一に求める読者には、本作の重さはやや堪えるかもしれません。扱われる題材が題材だけに、読み進めるほど胸の奥がざらつく瞬間があります。

派手な見せ場で一気に加速するタイプの物語ではなく、暗い水底へゆっくり潜っていくような読み心地です。それでも、事件の背後にある人間の姿ごと味わいたい読者、警察小説の骨太な手触りを好む読者、そしてシリーズの二人がこの最暗部でどこまで連れて行かれるのかを見届けたい読者にとっては、忘れがたい一冊になるはずです。

手に取るなら

現在の版はハヤカワ・ミステリ文庫(2025年刊、東野さやか訳)の上下二分冊。第6作にあたるため、初読でいきなり本書から入るより、『ストーンサークルの殺人』から順に追っていただいた方が、ポーとティリーの距離感の変化を最大限に味わえます。

とりわけ前作『ボタニストの殺人』を経てたどり着く二人の佇まいは、この最暗部でいっそう深く響いてくるはずです。

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書誌情報

出版社
早川書房 / ハヤカワ・ミステリ文庫
原書刊行年
2024
邦訳刊行年
2025
翻訳
東野さやか
ISBN-13
9784151842573
系譜
現代英国 / 警察手続き · シリーズ探偵物