透明な螺旋
湯川学が長く語らずにきた過去へ踏み込む、ガリレオシリーズの節目となる第10作の長編。
天才物理学者・湯川学が活躍するガリレオシリーズも、この長編で10作目を数えます。科学の知見で不可解な事件を解きほぐす探偵として親しまれてきた湯川ですが、本作で光が当たるのは、事件と同じくらい湯川その人の来し方です。
「ガリレオシリーズ最大の秘密が明かされる」という触れ込みは、シリーズを追ってきた読者なら素通りできない一行でしょう。
物語の入り口
発端は、南房総の沖合で見つかった男性の銃殺死体です。身元は上辻亮太。
ところが、彼の行方不明届を出していた同居の女性・島内園香までもが、いつのまにか姿を消していました。部屋に残されていたのは、ブルーとピンクの縞柄のセーターを着た、古い手作りの人形がひとつ。
園香はそれを「母の形見」と呼んでいたといいます。
警視庁捜査一課の草薙俊平と内海薫は、殺された男と消えた女の足取りを追い始めます。やがて園香の周りに、ふたりの年長の女性が浮かび上がってきました。
ひとりは素性のつかみにくい老女、もうひとりは銀座でクラブのママを務める根岸秀美です。そして捜査の途中で、関係者として思いがけない名前が出てきます。
草薙の大学時代からの友人、湯川学。その湯川は、横須賀にある両親の住まいで暮らしていました。
草薙は久しぶりに旧友のもとを訪ねることになります。
読みどころ
これまでの湯川は、事件の外側に立って現象を観察し、理屈で不可能をほどいてみせる存在でした。本作では捜査の糸が、その湯川自身の領分へと伸びていきます。
長年、友人にさえ語らずにきた秘密。その扉が少しずつ開いていく過程こそが、この長編のいちばんの読みどころです。
物語の底を流れているのは、「愛する人を守ることは罪なのか」という問いです。殺された男、姿を消した女、彼女を見守ってきた年長の女性たち。
点として散らばっていた人物どうしの線が、草薙と内海が足取りをたどるにつれて一本ずつつながり、事件の輪郭が少しずつ変わっていきます。母の形見と呼ばれた人形が何を語るのかも、読み進めるうえで気にかかるところです。
シリーズの核心に触れる作品なので、あらすじや感想はなるべく避けて読み始めるのがおすすめです。
こんな人におすすめ
湯川と草薙の長い付き合いを見守ってきた人には、とりわけ特別な一冊になるはずです。登場人物の背負ってきたものが少しずつ明るみに出る、情の濃い謎解きを好む人にも向いています。
シリーズにまだ触れたことがなければ、最初の短編集『探偵ガリレオ』や初長編の『容疑者Xの献身』を先に読んでおくと、本作の重みをいっそう受け止めやすくなります。
作品の背景
ガリレオシリーズの始まりは1996年、『オール讀物』に掲載された短編「燃える」でした。1998年に連作短編集『探偵ガリレオ』がまとまり、シリーズ初の長編『容疑者Xの献身』は第134回直木賞と第6回本格ミステリ大賞を受けています。
本作はシリーズの10作目として、2021年9月に文藝春秋から単行本で刊行されました。四半世紀にわたって書き継がれてきた探偵役の、これまで語られなかった部分へ踏み込んだ長編です。
手に取るなら
いまは2024年9月に出た文春文庫版が手に取りやすいでしょう。文庫には、湯川が新たな謎に挑む短編「重命る(かさなる)」が特別に収められています。
長編を閉じたあとにもう一編、湯川との時間が残されているのはうれしいところです。
東野圭吾について
東野圭吾は1958年、大阪市生野区の生まれです。大阪府立大学工学部電気工学科を卒業し、日本電装(現デンソー)の技術者として働きながら推理小説を書き、1985年に『放課後』で第31回江戸川乱歩賞を受けてデビューしました。
翌年に会社を辞めて上京し、専業作家になっています。
長く大きな話題作に恵まれない時期が続きましたが、1998年の『秘密』が広く読まれ、翌年の第52回日本推理作家協会賞(長編部門)を受賞しました。2006年には『容疑者Xの献身』で第134回直木賞と第6回本格ミステリ大賞を受けました。
刑事・加賀恭一郎と物理学者・湯川学のシリーズを軸に、学園もの、本格の謎解き、サスペンス、ミステリの約束事を笑うパロディまで幅広く書き、2023年には著作の国内累計発行部数が1億部を超えています。同じ年に菊池寛賞、2024年に日本ミステリー文学大賞を受け、2026年7月に68歳で亡くなりました。
書誌情報
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