天井へトランプを貼った。
奇術探偵 曾我佳城全集
奇術師でもあった作者が20年かけて書き継いだ、全22編の連作短編集。
若くして引退した、美貌の奇術師、曾我佳城。普段は物静かな彼女は、不可思議な事件に遭遇した途端、奇術の種明かしをするかのごとく、鮮やかに謎を解く名探偵となります。
『奇術探偵 曾我佳城全集』は、1980年の「天井のとらんぷ」から2000年の「魔術城落成」まで、20年かけて書き継がれた全22編を、発表順に収めた連作短編の集大成です。殺人事件の被害者が死の間際、天井にトランプを貼りつけた理由を解き明かす「天井のとらんぷ」。
本物の銃を使用する奇術中、弾丸が掏り替えられた事件の謎を追う「消える銃弾」。奇術の世界でも賞を受けた泡坂妻夫が、種明かしの呼吸をそのまま謎解きへ移し替えた一連の作品で、単行本は『このミステリーがすごい!』2001年版の国内部門と、同年の本格ミステリ・ベスト10の双方で第1位に選ばれました。
物語の入り口
探偵役は、曾我佳城。若くして引退した、美貌の奇術師です。
普段は物静か。ところが、不可思議な事件に遭遇した途端、彼女は変わります。
奇術の種明かしをするかのごとく、鮮やかに謎を解く。舞台の上で観客を煙に巻いてきた人物が、事件の前では、種を明かす側に回る。
この探偵役の造形が、22編すべてを貫いています。
上巻の巻頭は、「天井のとらんぷ」。殺人事件の被害者が、死の間際に、天井にトランプを貼りつけていた。
なぜ、そんなことをしたのか。その理由を、佳城が解き明かします。
「消える銃弾」では、本物の銃を使用する奇術の最中に、弾丸が掏り替えられる。奇術の舞台で起きた事件を、奇術師が解く。
ここで中身に触れるのは、この二編です。
上巻の収録は、「天井のとらんぷ」「シンブルの味」「空中朝顔」「白いハンカチーフ」「バースデイロープ」「ビルチューブ」「消える銃弾」「カップと玉」「石になった人形」「七羽の銀鳩」「剣の舞」の11編。題名を並べるだけで、奇術の道具や演目の名が浮かびます。
下巻の11編も、同じく発表順に並んでいます。
読者は、引退した奇術師の隣で、22の事件に立ち会うことになります。1980年から2000年まで、20年をかけて書き継がれた連作。
発表順に並んでいますから、読み進めるうちに、書き手の20年の時間も一緒に流れていきます。一編ごとに事件が閉じる作りなので、一話読んでは本を置き、日をあけてまた次の奇術の舞台へ戻る、という読み方も自然にできます。
上下巻、22編。奇術と謎解きの、贅沢な全集です。
読みどころ
読みどころは、奇術の種明かしの呼吸が、そのまま謎解きの手つきへ移し替えられているところにあります。 舞台で観客の目を惑わせてきた奇術師が、事件の前では、惑わされた人々に種を明かす。
探偵役を奇術師に据えたのは、1969年に石田天海賞を受けた奇術家でもある作家です。天井に貼られたトランプ、奇術の最中に掏り替えられた弾丸と、事件の小道具からして、すでに舞台の匂いがします。
謎が解ける場面も、事件の説明というより、演目の締めくくりに近い手つきで訪れます。
もうひとつは、20年という時間です。1980年の第一作から、2000年の最終話まで。
ひとりの探偵役を、ひとりの作家が、20年かけて書き継いだ。その全編を発表順に読めるのが、この全集です。
発表順に並ぶ22編の最後には、2000年の「魔術城落成」が置かれています。第一作の「天井のとらんぷ」から数えれば、目次の端から端までが20年の距離です。
こんな人におすすめ
一編ごとに事件がきれいに閉じる短編の本格を好む読者、奇術という題材に惹かれる読者に向いています。亜愛一郎やヨギ ガンジーを読んできた人なら、同じ作家がもうひとりの探偵役をどう書き継いだのか、この上下巻でまとめてたどれます。
逆に、一冊で完結する長編の重量感を求める気分のときには、22編の連作は少し長い付き合いになるかもしれません。長い付き合いに、値する連作です。
作品の背景
本作は、元奇術師の曾我佳城を探偵役とする短編を一冊にまとめた全集で、単行本は2000年に講談社から刊行されました。『このミステリーがすごい!』2001年版の国内部門と、同年の本格ミステリ・ベスト10の両方で第1位に選ばれ、二つのランキングの首位を同じ年にそろえています。
2003年6月には、講談社文庫から「秘の巻」「戯の巻」の2冊に分けて文庫化されました。
手に取るなら
現行版は創元推理文庫の上下2分冊で、2020年1月に同時に刊行されました。上巻は464ページ、下巻は506ページで、それぞれ11編を収めています。
下巻の巻末には、米澤穂信の解説が付いています。全22編を発表順に収めた全集ですから、上巻の「天井のとらんぷ」から順に読むのが自然です。
曾我佳城シリーズはこの全集で揃いますから、他の版を探す必要はありません。引退した美貌の奇術師の隣で、天井に貼られたトランプの理由から、20年の連作を始めてください。
泡坂妻夫について
泡坂妻夫は1933年、東京・神田の生まれで、本名は厚川昌男です。筆名は本名のアナグラムになっています。
生家は着物に家紋を描き入れる紋章上絵師で、作家になってからも家業を続けました。奇術師としての顔も持ち、1969年には創作奇術をまとめた作品集で第2回石田天海賞を受けています。
1976年、短編「DL2号機事件」が第1回幻影城新人賞の佳作に入ってデビューしました。1978年に『乱れからくり』で第31回日本推理作家協会賞、1982年に『喜劇悲奇劇』で第9回角川小説賞を受けます。
のちには職人の世界を描く人情ものにも筆を広げ、1988年に『折鶴』で第16回泉鏡花文学賞、1990年に『蔭桔梗』で第103回直木賞を受けました。探偵役には亜愛一郎、曾我佳城、ヨギ ガンジーらがいます。
2009年に75歳で亡くなっています。
書誌情報
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