現代国内 2015
人を救うはずの病院で、
人が殺された。
『スフィアの死天使 天久鷹央の事件カルテ 完全版』知念実希人

書評

スフィアの死天使 天久鷹央の事件カルテ 完全版

転科してきた外科医が傍若無人な天才医師と出会い、院内の殺人に向き合う一巻。

スフィアの死天使 天久鷹央の事件カルテ 完全版 表紙画像
知念実希人 実業之日本社(実業之日本社文庫)2015年
目次

刊行の順番では4冊目、物語の時間ではいちばん手前。知念実希人『スフィアの死天使 天久鷹央の事件カルテ 完全版』は、シリーズの途中に置かれながら、その始まりを描く巻です。

天才医師と、転科してきたばかりの医師。シリーズを通して並んで働く二人の、最初の顔合わせに立ち会える巻です。

現役の医師でもある著者が、二人の最初の出会いを描いた医療ミステリーです。

物語の入り口

物語は、一人の医師が進路を変えるところから動きだします。小鳥遊優は大学病院で外科医としてのキャリアを積んできました。

その彼が内科医への転科を決め、天医会総合病院の門を叩きます。外科から内科へ——同じ医師でも、専門を切り替えたうえで、勤め先の病院も移るという選択です。

大学病院で積んできたキャリアの行き先を、みずから変えたことになります。外科の現場を離れ、内科医として新しい職場に立つわけです。

そこで彼を待っていたのが、並外れた頭脳を持つ天才医師、天久鷹央でした。ただし、この天才は傍若無人で、患者との会話もままならない。

卓越した頭脳の持ち主であることと、医師として人と向き合うことの難しさが、一人の人物の中に同居しています。外科から移ってきたばかりの医師は、この相手に困惑します。

物語には、宇宙人による洗脳を訴える患者や、その背後にある正体のはっきりしない宗教団体も姿を見せます。

やがて、病院という職場の中で殺人が起き、数々の謎が持ち上がります。読者は、新しい職場に着いたばかりの医師と同じく、この病院の勝手をまだ何も知らない位置から、天才医師との出会いに立ち会うことになります。

読みどころ

この巻の核にあるのは、すでに知られた二人の関係を、始まりの場面まで巻き戻す構図です。

シリーズ第1作『天久鷹央の推理カルテ』の時点で、小鳥遊はすでに統括診断部の一員として登場します。刊行順に読んできた人は、二人が並んで働く姿を先に知り、そのあとで出会いの場面へと戻ることになります。

逆に、この巻から入る人は、天才医師と転科してきた医師が初めて顔を合わせるところから、順に見届けることになるでしょう。同じ巻が、どちらの順で読むかによって、振り返りにも出発点にもなる——刊行順と物語の時間のずれが、そのまま巻の性格をつくっています。

もうひとつは、形式の違いです。第1作は、四つの話を収めた連作短編集でした。

こちらはプロローグとエピローグのあいだに四つの章を置いた長編で、章題には「邂逅」「最小の密室」「夢幻の果て」「死天使のナイフ」が並びます。第一章に掲げられた「邂逅」の題が、この巻が出会いの物語であることを端的に示しています。

天才医師の人物像にも特徴があります。並外れた頭脳を持ちながら、傍若無人で、患者との会話もままならない。

シリーズの看板となる人物が、長所と扱いにくさの両面を抱えたまま登場します。その人物と初めて向き合う側に立つのが、外科から来た医師です。

こんな人におすすめ

シリーズ第1作を読み、統括診断部で並んで働く二人がどう出会ったのかを確かめたい人に向きます。TVアニメでシリーズを知り、原作では始まりから順に追いたい人にとっても、手に取る理由のはっきりした巻です。

連作短編集の第1作とは違い、プロローグから四つの章を経てエピローグへ至る長い物語で、院内の殺人と数々の謎が扱われます。医療の現場を舞台にした殺人事件の物語を、一つの流れで読みたい人にも合うでしょう。

病院という場所の語彙が、そのまま謎の材料になる作風に触れてみたい人にも向きます。

作品の背景

この巻の原版は、2015年8月28日に新潮文庫nexから出ました。400ページほどの分量で、シリーズでは第4巻にあたります。

第1作から同じ部門で並んで働く姿を見せてきたこの組み合わせについて、その出会いへとさかのぼった巻です。2023年11月には、実業之日本社文庫の完全版として新しいカバーで出し直され、書き下ろしの掌編が加わりました。

手に取るなら

いま手に取るなら、2023年11月刊の実業之日本社文庫の完全版で、384ページ、定価869円です。書き下ろし掌編「白い粉の秘密」を収め、Audible 版も出ています。

シリーズは2025年1月からTVアニメとして放送されました。刊行順に第1作から読み進めることもできますが、出会いから知りたい人にとっては、この巻が物語の時間の上での入り口になります。

二人の関係の起点は、刊行順で4冊目にあたるこの巻に置かれています。

知念実希人について

知念実希人は1978年、沖縄県の生まれです。2004年に東京慈恵会医科大学を卒業して医師となりました。

内科医として勤務するかたわら小説を書き、2011年に「レゾン・デートル」で第4回島田荘司選 ばらのまち福山ミステリー文学新人賞を受けます。翌2012年、同作が『誰がための刃 レゾンデートル』として刊行され、作家としてデビューしました。

医師としての知識と経験を生かした医療ミステリで知られ、「天久鷹央」シリーズや、2015年に啓文堂書店の文庫大賞を受けた『仮面病棟』などを書き継いできました。『崩れる脳を抱きしめて』『ひとつむぎの手』『ムゲンのi』『硝子の塔の殺人』、児童書の『放課後ミステリクラブ』と、本屋大賞の候補に挙がった作品も数多くあります。

書誌情報

出版社
実業之日本社 / 実業之日本社文庫
刊行年
2015
ISBN-13
9784408558448
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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