現代国内 1991
亡霊を呼ぶ交霊会の夜、
消えたのは霊能者だった。
『時計館の殺人』綾辻行人

書評

時計館の殺人

百八個の時計が時を刻む館で起きる惨劇。第45回日本推理作家協会賞を受けた館シリーズ第5作。

時計館の殺人 表紙画像
綾辻行人 講談社(講談社文庫・新装改訂版)1991年
目次

鎌倉の外れに、時計館と呼ばれる館が建っています。館には百八個の時計が置かれ、そのすべてが時を刻んでいる。

『時計館の殺人』は綾辻行人の館シリーズ第5作で、1991年に刊行され、翌年に第45回日本推理作家協会賞の長編部門を受けました。角島の十角館で起きた惨劇を知る江南孝明が、オカルト雑誌の取材班の一員としてこの館を訪れます。

館に棲むという少女の亡霊と接触するための交霊会の夜、霊能者の女性が不意に姿を消し、外から閉ざされた館のなかで殺人が始まります。針のない時計塔もまた、この館の謎のひとつとして掲げられています。

物語の入り口

鎌倉の外れに、時計館と呼ばれる館があります。館のなかには、百八個の時計。

それぞれが時を刻み、館全体が時計の音に満たされている。そして館には、針のない時計塔がある。

この建物の奇妙さは、館シリーズのなかでもひときわ際立っています。時計の音に満たされた館で、人はどんなふうに過ごすのか。

想像するだけで、落ち着かない気持ちになります。

そこへ、オカルト雑誌の取材班が訪れます。一員として加わっているのが、江南孝明。

角島で起きた十角館の惨劇を知る人物です。館に棲むという少女の亡霊に接触するため、取材班は交霊会を開きます。

霊能者を交えて、夜の館で亡霊を呼ぶ。オカルト雑誌の企画としては、いかにもありそうな段取りです。

取材班にとっては仕事のひとつ、館にとっては来客のひとつ。そのはずでした。

ところがその交霊会の夜、霊能者の女性が、跡形もなく姿を消します。館は閉ざされている。

霊能者はどこへ消えたのか。そして、閉ざされた館のなかで、殺人が起こり始めます。

亡霊の噂を記事にするはずだった取材班は、記事の外側で起きる出来事の、ただなかに置かれることになります。

読者は、百八個の時計の音に囲まれた館のなかに立たされます。亡霊、交霊会、消えた霊能者、そして殺人。

オカルトめいた道具立てが、ひとつの館に次々と持ち込まれていきます。時計と時間というモチーフは、館の隅々にまで行き渡っています。

針のない時計塔を抱えた館で、交霊会のあとの夜が更けていきます。

読みどころ

ひとつめは、百八個の時計という設定を、館の隅々にまで行き渡らせた徹底ぶりです。 時計だらけの館、針のない時計塔。

奇矯な建物を舞台にしてきた館シリーズのなかでも、時計館はとりわけ設定の細かい館です。閉ざされた空間の緊張が上下二巻にわたって持続し、読み出すと止まらない。

上巻の途中で本を閉じるのは、なかなか難しいはずです。

もうひとつは、オカルトと本格の組み合わせです。少女の亡霊、交霊会、霊能者。

怪奇の道具立てをいくつも並べ、事件の口火さえ、交霊会の夜に霊能者が消えるという怪奇の側から切ってみせる。それでいて、物語の骨組みはあくまで謎解きにあります。

奇矯な建物のなかで本格ミステリの事件を起こすという、館シリーズが第1作から続けてきた書き方を、怪奇の色の濃い道具立てと組み合わせた一作です。

こんな人におすすめ

館シリーズを順に読んできて、第5作に辿り着いた読者。あるいは、日本推理作家協会賞を受けた館シリーズの一作から綾辻行人を読み始めたい読者。

どちらにも向いています。上下巻の分量は、まとまった時間をとって一気に読み通すのがよく合います。

怪奇の気配と謎解きを、時計の音に満ちた館で同時に味わいたい人には、とりわけ手応えがあるはずです。逆に、短く軽い読み物を求める気分のときには、この館の密度は少し重たいかもしれません。

作品の背景

『時計館の殺人』は館シリーズの第5作で、1991年9月に講談社ノベルスから刊行され、翌1992年に第45回日本推理作家協会賞の長編部門を受賞しました。1987年のデビューから4年、五つ目の館で、協会賞に届いたことになります。

1995年に講談社文庫に入り、2012年6月には新装改訂版が上下巻で出ました。現行版はこの新装改訂版で、電子版もあります。

館シリーズの累計発行部数は2024年12月の時点で750万部を超え、2026年2月からはHuluで実写ドラマ版が独占配信されています。シリーズの映像化としては2作目にあたります。

手に取るなら

現行版は講談社文庫の新装改訂版、上下巻。上巻を読み終えたところで待たされないよう、二冊そろえてから読み始めるのがおすすめです。

館シリーズの第5作で、江南孝明が『十角館の殺人』の惨劇を知る人物として登場します。本作単独でも筋は追えますが、できれば『十角館の殺人』を先に読んでおくと、江南という人物の立ち位置がよくわかります。

ドラマ版から入った人にとっては、映像を離れ、活字で組み上げられた館にあらためて足を踏み入れる機会になります。百八個の時計が、いまも時を刻んでいます。

綾辻行人について

綾辻行人は1960年、京都市の生まれです。京都大学教育学部に進んで京大推理小説研究会に所属し、のちに妻となる小野不由美と同期でした。

研究会には我孫子武丸や法月綸太郎も在籍しています。大学院在学中の1987年に『十角館の殺人』でデビューし、この一作がのちに「新本格」と呼ばれる流れの起点になりました。

1992年には『時計館の殺人』で第45回日本推理作家協会賞(長編部門)を、のちには第22回日本ミステリー文学大賞を受けています。

奇妙な館を舞台にした館シリーズを書き継ぐ一方で、囁きシリーズや『殺人鬼』、『Another』、『深泥丘奇談』の連作など、恐怖と怪奇を主眼に据えた作品にも長く取り組んできました。漫画家の楳図かずおを「わが心の師」と公言しており、謎解きの骨組みを組み上げる仕事と、怖さを描く仕事を並行して続けてきた作家です。

書誌情報

出版社
講談社 / 講談社文庫・新装改訂版
刊行年
1991
ISBN-13
9784062772945
系譜
現代国内 / クローズドサークル · シリーズ探偵物
受賞歴

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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