一日で読める中編。
四〇九号室の患者
一人称の日記体で書かれた、一日で読み終えられる分量の中編。
病院の一室に、顔を包帯に覆われた患者がいます。自動車事故で担ぎ込まれ、記憶を失って、自分が何者であったのかも思い出せない人物です。
綾辻行人の「四〇九号室の患者」は、その人物の日記の記述だけで進んでいく中編です。百五十ページ前後、一日あれば読み終えられる分量ですが、読後に残る不穏な余韻は、そう簡単には消えてくれません。
館シリーズを書き継いできた作家が、恐怖の側に軸足を置いて書いた一編です。
物語の入り口
すべての前提になっているのは、一件の自動車事故です。その事故で病院に担ぎ込まれた患者は、顔を包帯に覆われています。
そのうえ記憶を失っていて、自分が何者であったのかを思い出すことができません。自分は誰なのか、どんな暮らしをしてきたのか。
名乗るべき過去を持たないまま、病院に身を置くことになった人物——物語は、この患者がつける日記の記述だけで進んでいきます。
書かれ方は、一人称の日記体です。地の文で状況を整理してくれる語り手は置かれておらず、紙に載るのは、書き手が知り得たことだけ。
ふつうの小説であれば、語り手が場面を描き、事情を説き明かし、人物の心の動きを外側から書き添えてくれるところですが、ここには、その役目を引き受ける声がどこにもありません。三人称の小説に慣れた目には、ずいぶん切り詰めた形式に映るでしょう。
道具立ても多くはありません。事故のあとの病室、顔を覆う包帯、失われた記憶、そして日記。
どれも、ことさら珍しいものではない。事故も入院も、誰の身に起きてもおかしくない出来事です。
病室は本来、傷が癒えるのを待つための場所で、日記もまた、特別な技術のいらないありふれた書きものにすぎません。見慣れた材料ばかりで組まれているのに、四つが一つの紙面に並んだとたん、空気がきしむように張りつめはじめます。
事故のあとの病室で、顔を包帯に覆われ、自分が何者であったのかも知らないまま綴られた日記。物語は、その記述から動きはじめます。
読みどころ
読みどころは、ごく少ない道具立てから、頁を追うごとに濃くなっていく不穏さにあります。
病室、包帯、失われた記憶、日記。どれも日常のなかで目にするものなのに、一つの物語に置かれると、落ち着かない気配が漂いはじめます。
怪奇と恐怖の系列に属する作品らしく、読み心地は心理サスペンスと呼ぶのがいちばん近いでしょう。百五十ページほどのあいだ、張りつめたものが緩む場面はほとんどなく、この長さが、緊張を最後まで保つのにちょうどよく働いています。
読み終えてしばらくは、病院や包帯という言葉を耳にするたびに、あの紙面の空気がよみがえってくるはずです。
もうひとつ目を向けておきたいのが、この作品のたどってきた道のりです。1992年にアンソロジーの一編として世に出たあと、1993年9月には森田塾出版から、1995年5月には南雲堂から、それぞれ単行本として刊行されました。
南雲堂版は158ページで、単行本になったのはこれが二度目です。のちに中編集へ収められ、文庫にも入りました。
1992年から2011年までの二十年近くのあいだに、アンソロジーも含めて六つの形で本になってきた物語です。
こんな人におすすめ
館を舞台にした長編で綾辻行人に親しんできた読者が、もう一つの系列の仕事に触れてみるのに向いています。まとまった読書の時間は取れないものの、読後まで尾を引く感触を味わいたい人にも。
短い時間で読み切れて、それでいて軽くは終わらない読書を探している人にも、よく合うはずです。反対に、晴れやかな読み心地を求めて開く本ではありません。
一気に読み終えても、その気配は本を閉じたあとまで部屋に残ります。
作品の背景
「四〇九号室の患者」は1992年7月に、光文社のアンソロジーに収められて世に出ました。館を舞台にした長編のシリーズと並んで、怪奇や恐怖に軸足を置いた短めの作品も、綾辻行人は書き継いできました。
「四〇九号室の患者」は、そちらの系列に属します。原型は、著者が大学生のころに書いた習作でした。
学生時代の原稿を中編に書き直したものが、デビューから5年後の1992年に活字になったことになります。
手に取るなら
いま手に取るなら、角川文庫の中編集『フリークス』です。これが現行の版にあたります。
収められているのは「夢魔の手─三一三号室の患者─」「四〇九号室の患者」「フリークス─五六四号室の患者─」の三編。この中編集は1996年4月に光文社のカッパ・ノベルスで出たのが始まりで、2000年3月に光文社文庫、2011年4月に角川文庫へと移ってきました。
休日の午後を一つ空けて、包帯の患者が書きつける日記を——途中で本を閉じずに——最後の頁まで読み通してみてください。
綾辻行人について
綾辻行人は1960年、京都市の生まれです。京都大学教育学部に進んで京大推理小説研究会に所属し、のちに妻となる小野不由美と同期でした。
研究会には我孫子武丸や法月綸太郎も在籍しています。大学院在学中の1987年に『十角館の殺人』でデビューし、この一作がのちに「新本格」と呼ばれる流れの起点になりました。
1992年には『時計館の殺人』で第45回日本推理作家協会賞(長編部門)を、のちには第22回日本ミステリー文学大賞を受けています。
奇妙な館を舞台にした館シリーズを書き継ぐ一方で、囁きシリーズや『殺人鬼』、『Another』、『深泥丘奇談』の連作など、恐怖と怪奇を主眼に据えた作品にも長く取り組んできました。漫画家の楳図かずおを「わが心の師」と公言しており、謎解きの骨組みを組み上げる仕事と、怖さを描く仕事を並行して続けてきた作家です。
書誌情報
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