現代国内 2023
客は犯罪者ばかり。
ただし殺しは御法度。
『アミュレット・ホテル』方丈貴恵

書評

アミュレット・ホテル

犯罪者だけが泊まれるホテルで掟が破られ、ホテル探偵が論理だけで犯人を追い詰める連作。

アミュレット・ホテル 表紙画像
方丈貴恵 光文社(光文社文庫)2023年
目次

犯罪者が上客として迎えられるホテルがあります。銃も偽造パスポートもルームサービスで部屋まで届き、警察が踏み込んでくることは一切ありません。

方丈貴恵『アミュレット・ホテル』の舞台は、そんな犯罪者のための楽園です。ただし、楽園には守るべき掟が二つだけあります。

その掟が破られたとき、犯人を追い詰めて「相応の対価」を支払わせるのが、ホテル探偵の仕事です。

物語の入り口

〈アミュレット・ホテル〉は、犯罪者のためだけに開かれた宿です。滞在中は、どんな非合法なサービスでも受けられます。

武器の調達も、身分を偽る書類の手配も、ルームサービスとして片づく。表の社会から身を隠したい客にとって、これほど居心地のよい場所はないでしょう——外の世界で追われる身であればあるほど、この建物の扉の内側は安全な避難所になります。

引き換えに課されるルールは二つです。一つ目は、ホテルに損害を与えないこと。

二つ目は、ホテルの敷地内で傷害・殺人事件を起こさないこと。条文はそれだけで、裏を返せば、この二つさえ守っていれば客が外で何をしていようと、ホテルは関知しません。

警察の手が及ばない代わりに、ホテル自身が秩序の番人を置いている。その番人が、ホテル探偵の桐生です。

桐生が守るのは、法でも正義でもありません。守るのはホテルの秩序であり、犯人を突き止めても警察へ引き渡すことはしない。

ルールを破った者には、ホテルの流儀で「相応の対価」を支払わせる。探偵が真相を明らかにし、犯人が法の裁きを受けて幕が下りる、という見慣れた形は、この建物の中では成り立たないのです。

しかも、事件の周りにいるのは全員が訳ありの人間です。居合わせた客はもちろん、そうした客を相手に働く従業員もまた、後ろ暗い事情を抱えています。

誰もが何かを隠していて当然の場所ですから、証言を額面どおりに受け取るわけにはいきません。読者は桐生の後ろについて、嘘が前提の聞き込みに付き合うことになります。

ホテル探偵と犯罪者たちの頭脳戦は、その嘘をかき分けるところから始まります。

読みどころ

読みどころは、特殊な舞台を先に組み上げたうえで、謎をフェアな論理で解かせる設計にあります。

犯罪者だけが泊まれるホテル、という設定は、一見すると派手な飾りに見えます。けれども、この作品では舞台の規則が推理の前提としてきちんと示され、そのうえで犯人を論理で絞っていく手順が踏まれます。

一話ごとの論理の密度は高めです。連作短編の形をとっていても、一話を軽く流して読めるつくりではありません。

ルールが二つしかないという簡潔さも効いています。何が許され、何が許されないのかが最初から明文化されているので、読む側は舞台の約束事に迷わず、推理そのものに集中できます。

もうひとつの魅力は、探偵という役柄の置き直しです。このホテル探偵は正義の味方ではなく、ホテルという小さな国の治安を預かる者として動きます。

容疑者はみな犯罪者で、探偵もまた法の外側に立っている。善悪の物差しが最初から外されているぶん、推理の筋道そのものがいっそうくっきり浮かび上がります——頼れるのは論理だけ、という状況が、設定の側から用意されているわけです。

こんな人におすすめ

一話ごとに手がかりを拾い、犯人を論理で絞り込む過程を楽しみたい人に向いています。犯罪者ばかりが集まるという癖のある舞台なので、登場人物に感情移入して読みたい人や、善良な探偵が悪を正す話を求める人には、少し冷たく映るかもしれません。

ただ、その冷たさがあるからこそ、推理の骨組みが際立ちます。同じホテルを舞台に一話ずつ事件が閉じる連作なので、方丈貴恵の特殊設定に初めて触れる読者は、ここから入ることもできます。

作品の背景

方丈貴恵が〈竜泉家の一族〉三部作を書き終えたあと、2023年7月に光文社から四六判320ページで刊行されたのが『アミュレット・ホテル』です。竜泉家の物語とは別の、新しいシリーズの第1作にあたります。

翌2024年の第24回本格ミステリ大賞では小説部門の候補となり、方丈貴恵は第三弾『名探偵に甘美なる死を』に続いて2年続けて同賞の候補に名を連ねました。本格ミステリ・ベスト10の2024年版では国内9位に入っています。

形式は、同じホテルを舞台に一話ずつ事件を解いていく連作短編です。

手に取るなら

いま手に取るなら、2025年6月に出た光文社文庫版です。376ページの一冊です。

同じホテルを舞台にした『アミュレット・ワンダーランド』も刊行されていますので、シリーズを順に追うなら、第1作であるこの本から始めるのが自然な順序です。二つのルールだけを胸に刻んで、犯罪者の楽園のドアを開けてみてください。

方丈貴恵について

方丈貴恵は1984年、兵庫県姫路市の生まれです。京都大学を卒業し、在学中は京都大学推理小説研究会に所属していました。

ゲーム会社勤めを経て、2019年に『時空旅行者の砂時計』で第29回鮎川哲也賞を受けてデビューしています。

同作に始まる〈竜泉家の一族〉三部作は、タイムトラベルをはじめ作品ごとに異なる特殊な設定を持ち込みながら、謎解きの骨格は本格の作法で組み立てるシリーズでした。第二弾『孤島の来訪者』は2020年のSRの会ミステリーベスト10で1位に選ばれています。

三部作を書き終えたあとは、光文社から『アミュレット・ホテル』、講談社から『少女には向かない完全犯罪』と発表の場を広げ、『名探偵に甘美なる死を』と『アミュレット・ホテル』で2年続けて本格ミステリ大賞の候補に挙がりました。

書誌情報

出版社
光文社 / 光文社文庫
刊行年
2023
ISBN-13
9784334106676
系譜
現代国内 / 特殊設定本格 · 連作短編
受賞歴
·

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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