その夏に殺人が二つ。
たかが殺人じゃないか
戦後の学制改革と高校最後の夏を、二つの事件に重ねた青春推理。
昭和24年、名古屋。新制高校の3年生になった風早勝利の学校には、この1年だけ、女子生徒が机を並べています。
学制改革が生んだ、たった1年きりの男女共学——戦後の学校に訪れた、つかのまの季節です。ミステリ作家を志す17歳の夏休みは、湯谷温泉での密室殺人と、嵐の夜に廃墟で起きた首切り殺人に巻き込まれることで、忘れがたいものになります。
辻真先『たかが殺人じゃないか』は、戦後の混乱期と青春の日々を、謎解きと一緒に描き出した推理小説です。
物語の入り口
時は昭和24年、西暦でいえば1949年。戦争が終わってまだ数年、世の中は混乱のさなかにあります。
名古屋市内に暮らす風早勝利は、ミステリ作家を志す少年で、この年、新制高校の3年生になりました。学制改革によって、男女共学の高校生活を送れるのは、この1年だけです。
卒業までのわずかな時間だけ、男子と女子が同じ学校に通う。制度の切り替わりの、ちょうど継ぎ目に立ち会う世代です。
その目新しさと戸惑いが、勝利の最後の高校生活を彩ります。敗戦からの立て直しと、教育の仕組みの作り替えが同時に進む時代で、少年の日常そのものが、すでに落ち着かない揺れの中にあります。
1932年生まれの作者は、昭和24年には勝利とほぼ同じ年頃でした。戦後の混乱期も、そのなかの青春の日々も、作者自身が体験したものです。
17歳の目に映る名古屋の街と学校は、作者自身の記憶と地続きの場所です。
そして夏休みがやってきます。高校生活最後の夏、勝利は二つの殺人事件に巻き込まれます。
一つは、湯谷温泉での密室殺人。もう一つは、嵐の夜に廃墟で起きた首切り殺人です。
温泉地と廃墟、閉ざされた部屋と荒れ狂う夜。舞台も手口の型も、まるで対照的な二つの事件が、ひと夏のうちに少年の前へ差し出されます。
読者は、勝利と同じ速度で、同じ目の高さからこの夏を知っていくことになります。探偵を職業とする大人ではなく、1年きりの共学に胸を騒がせる一人の高校生として——事件を見る目も、まだ世の中の仕組みを測りかねている年頃の目です。
青春の真ん中に、密室と首切りという本格ミステリの看板のような二つの謎が落ちてくる。17歳の夏が、ここから大きく動き出します。
読みどころ
作者が描き出すのは、自ら体験した戦後の混乱期と、二度と戻らない17歳の青春の日々です。
年末ランキングで3冠を得た推理小説ですが、読み口の中心には、青春小説としての瑞々しさがあります。1年だけの男女共学という、歴史のすき間に生まれた特別な季節。
戦後の混乱と、その中でも前を向こうとする若さ。作者が同じ時代を同じ年頃で生きたことが、昭和24年の名古屋を、資料の再現ではない生きた風景にしています。
もうひとつは、その青春の器に、密室殺人と首切り殺人という古典的な謎の型を二つも盛り込んでいることです。密室と首切り——型の名前を並べただけでわかるとおり、謎解きの骨組みは正面から本格のものです。
青春小説の器を借りながら、謎の側は少しも手を抜いていないのです。
こんな人におすすめ
昭和の空気を背景にした謎解きが好きな方、青春小説の手ざわりと本格の骨格を一度に味わいたい方に向きます。戦後の名古屋という舞台や、学制改革の継ぎ目に生きた世代の日々に惹かれる人にも手に取ってほしい小説です。
一方、首切りという言葉の響きに身構える人もいるかもしれません。けれども全体の印象は、戦後の混乱を生きる高校生たちの、どこか温かな日々のほうに傾いています。
作品の背景
『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』は、2020年5月に東京創元社から単行本で刊行されました。『深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説』に続く〈昭和ミステリ〉シリーズの第2弾で、前作の昭和12年から、戦後の昭和24年へと時代を進めています。
その年の暮れには『このミステリーがすごい! 2021年版』をはじめ三つのランキングで国内1位となり、『2021本格ミステリ・ベスト10』でも国内篇の第4位に入りました。シリーズは2022年の第3弾『馬鹿みたいな話! 昭和36年のミステリ』へと続いています。
手に取るなら
現在手に取るなら、2023年刊の創元推理文庫版です。442ページで、解説は杉江松恋が担当しています。
電子版もあります。〈昭和ミステリ〉を刊行順に読みたい人は、第1弾の『深夜の博覧会』から入る道もあります。
1年きりの共学と、ひと夏の二つの殺人。昭和24年の名古屋に生きた17歳の季節が、この一冊に閉じ込められています。
辻真先について
辻真先は1932年、愛知県の生まれです。名古屋大学を卒業して1954年にNHKへ入り、制作進行や演出の現場を経験したのち、『鉄腕アトム』『サザエさん』『デビルマン』『Dr.スランプ アラレちゃん』など、アニメや特撮の脚本家として幅広く活躍しました。
ミステリ作家としては1972年の『仮題・中学殺人事件』でデビューし、1982年に『アリスの国の殺人』で第35回日本推理作家協会賞を、2009年には名前のアナグラムである牧薩次の名義で出した『完全恋愛』で第9回本格ミステリ大賞を受けています。叙述の仕掛けを凝らした実験作から、トラベルミステリやユーモアミステリまで作風は幅広く、2019年には第23回日本ミステリー文学大賞に選ばれました。
2020年、88歳で刊行した『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』は、年末の主要ミステリランキング3誌でそろって国内1位になっています。
書誌情報
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