現代米国 2022
第一発見者は客室メイド。
そして第一容疑者に。
『メイドの秘密とホテルの死体』ニタ・プローズ

書評

メイドの秘密とホテルの死体

メイドの秘密とホテルの死体 表紙画像
ニタ・プローズ 二見書房(二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション) 原書 2022年 · 邦訳 2022年
目次

五つ星ホテルの客室で、悪名高い大富豪が死体となって見つかる。第一発見者は、その部屋を担当していた几帳面な客室メイド。

ミステリの発端としては、これ以上ないほど古典的な絵柄です。ところが『メイドの秘密とホテルの死体』が世界中の読者をさらったのは、事件そのものよりも、それを語るひとりの女性の目の付けどころにありました。

物語の入り口

物語の主役はモーリー。地元の高級ホテルで客室メイドとして働く彼女は、社会性にとぼしく、他人の意図や言葉の裏を読みとるのがとても苦手な人です。

冗談を真に受け、遠回しな皮肉には気づかず、悪気なく口にした一言が誤解を招いてしまう。それでも彼女には、揺るがない拠りどころがありました。

9カ月前に亡くなった祖母の教えです。礼儀作法と仕事の流儀を祖母から受け継いだモーリーは、今日も客室をひと部屋ずつ完璧に整えていきます。

乱れたシーツをぴんと張り直し、あるべきものをあるべき場所へ。荒れた部屋がもとの秩序をとり戻していく、その手ざわりこそが彼女の誇りでした。

ところがある日、いつものように清掃に入った一室で、悪名高い大富豪ブラックが息絶えているのを見つけてしまう。五つ星ホテルの客室に横たわる、謎の死。

掃除に入ったメイドは、そこで何を見たのか。やがて警察の捜査が始まると、事態はモーリーにとって思わぬ方向へ転がりはじめます。

人づきあいの不器用さ、誤解を招きやすい受け答え、感情の読みにくい振る舞い——ふだんなら愛嬌で済むはずの彼女の個性が、ここでは疑いの目をこちらへ引き寄せてしまうのです。

けれど彼女は、ひとりぼっちではありませんでした。長いあいだ彼女を見守ってきた老ドアマンをはじめ、思いがけない味方が次々に現われ、窮地を脱するための作戦がそっと動き出します。

誤解されやすい主人公が、頼れる仲間とともに危機一髪をくぐり抜けようとする——読者は、モーリーの肩ごしに世界を眺める茶飲み友達のような位置から、この危なっかしくも温かい奮闘を見守ることになります。

読みどころ

読みどころは、モーリーという語り手の、世界の見え方そのものにあります。 冗談も皮肉もそのまま受けとめてしまう彼女の目を通すと、見慣れたホテルの人間模様が、いつもと違う手ざわりで立ち上がってきます。

悪意や下心の気配にはうとい代わりに、物事をまっすぐに、額面どおりに受けとめる。その正直な視界に寄り添っているだけで、どこか可笑しく、そして愛おしい。

「奇妙な味」と評されるこの一作の妙味は、多くがこの語り口に宿っています。

公式が「事件にはもう一つの真相が」と控えめに煽るとおり、物語は読者の予想を穏やかに裏切りながら進んでいきます。派手な暴力や陰惨な描写に頼ることなく、それでいて頁をめくる手はなかなか止まらない。

ホテルという舞台も、この作品にはよく効いています。客が来ては去っていく匿名の空間で、誰もが少しずつ何かを隠している——そんな場所を、几帳面なメイドの目が一部屋ずつ律儀に見て回るのですから、日常の細部そのものがどこか謎めいて見えてきます。

現代アメリカのコージーが到達したひとつの達成として、新人賞をダブルで受賞した高い評価もうなずけるものでしょう。

こんな人におすすめ

相性で言えば、緊迫感で息を詰めるようなハードなサスペンスや、社会の闇をえぐる重い犯罪小説を読みたい気分のときには、この語り口はどこかのんびりして映るかもしれません。逆に、風変わりで愛おしい主人公に寄り添いながら、フェアな謎解きの手ざわりも味わいたい読者には、これ以上ない相性です。

ひとりの女性の視点を借りて、見慣れた世界を歩き直す時間そのものが、この本の醍醐味なのですから。

作品の背景

本作はニタ・プローズのデビュー長編でありながら、アンソニー賞とバリー賞の最優秀新人賞をダブルで射止めるという、鮮烈な出発を切りました。刊行された2022年1月にはニューヨーク・タイムズ紙のベストセラー1位に躍り出て、Amazon.comが選ぶ同年前半期のミステリ/スリラー部門ベスト1にも輝いています。

日本では二見書房の二見文庫、ザ・ミステリ・コレクションの一冊として、原書と同じ2022年に紹介されました。殺人事件の緊張と日常の可笑しさが、ホテルという舞台の上で地続きに同居する一冊です。

手に取るなら

原題は『The Maid』。フローレンス・ピュー主演での映画化も控え、話題はこれからさらに広がっていくはずです。

モーリーの物語はシリーズとして続いていて、彼女とその仲間たちに惹かれたなら、長く付き合っていける一冊になるでしょう。海外ミステリの新しい入り口を探している方にも、読み終えたあとまで心へ長く残る主人公と出会いたい方にも、どうぞ安心して手にとっていただける、幸福なシリーズ第1作です。

ニタ・プローズについて

ニタ・プローズはカナダの作家で、トロントに暮らしています。本名はニタ・プロノヴォストです。

文芸誌への寄稿から出発し、ハーパーコリンズ・カナダやダブルデイの編集職を経て、2016年からサイモン&シュスター・カナダで編集部門の責任者を務めてきました。

2022年のデビュー長編『メイドの秘密とホテルの死体』は、ホテルの客室メイドのモーリーを主人公にした作品で、アンソニー賞やバリー賞、マカヴィティ賞などを受けています。続く『メイドの推理とミステリー作家の殺人』でもモーリーが謎に挑み、シリーズとして書き継がれています。

書誌情報

出版社
二見書房 / 二見文庫 ザ・ミステリ・コレクション
原書刊行年
2022
邦訳刊行年
2022
ISBN-13
9784576221250
系譜
現代米国 / 名探偵もの

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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