戦後昭和国内 2022
推理作家が書いたドラマ。
生放送中に主演が殺された。
『馬鹿みたいな話! 昭和36年のミステリ』辻真先

書評

馬鹿みたいな話! 昭和36年のミステリ

昭和36年、テレビ草創期の生放送スタジオで主演女優が殺される。

馬鹿みたいな話! 昭和36年のミステリ 表紙画像
辻真先 東京創元社2022年
目次

昭和36年、西暦でいえば1961年。テレビという新しい箱が、まだ草創期の熱を帯びていた頃の話です。

辻真先『馬鹿みたいな話! 昭和36年のミステリ』は、その放送局のスタジオを舞台に、生放送の本番中に主演女優が殺される事件を描きます。撮り直しのきかない時間のさなかで、殺人が起きる——それも、主人公が脚本を手がけたドラマの本番で。

昭和の三つの年を題名に刻んできた〈昭和ミステリ〉シリーズの、これが完結篇です。

物語の入り口

中央放送協会、略してCHK。昭和36年、この放送局でプロデューサーの肩書きを得た大杉日出夫が、一人の若い書き手に声をかけます。

駆け出しのミステリ作家、風早勝利です。大杉の計らいで、風早はテレビドラマの脚本を手がけることになりました。

原稿用紙の上で完結していた仕事が、今度は俳優の声と身ぶりになり、電波に乗って茶の間へ届く。書き手にとっては、勝手の違う、そして胸の躍る仕事でしょう。

準備を重ねて、ようやく本番の日がやってきます。番組は生放送です。

一度カメラが回り始めれば、途中で止めることも、失敗した場面を撮り直すこともできません。スタジオに流れているのは、その日その時にしか存在しない時間です。

自分の書いた台詞が電波に乗る日を、新米の脚本家はどんな思いで迎えたのか。原稿を書き上げた手応えと、生身の俳優に託すしかない心細さが、同じ胸の内に同居していたはずです。

その本番のさなか、生放送中のスタジオで主演女優が殺害されます。晴れの舞台が、殺人の現場に変わります。

しかも、犯人は皆目見当もつかない。誰の仕業なのか、手がかりの糸口さえ見えないまま、事件は風早の目の前に投げ出されます。

風早は那珂一兵とともに、事件の真相究明に乗り出します。読者は、晴れの日を迎えたばかりの新米脚本家の肩越しに、事件の起きたスタジオを見つめることになります。

放送の現場を知り尽くしているわけではない書き手が、よりにもよって自分の番組で起きた殺人に向き合う。風早と那珂一兵の仕事は、ここから始まります。

読みどころ

読みどころは、生放送のスタジオという、やり直しのきかない場所の張りつめた空気にあります。

録画で直せない本番の切迫感と、謎解きの緊張とが、同じ一つの場所で重なっています。放送局のスタジオは、送り出す番組のために大勢の人と機材が一つの時間へ向かって動く、いわば精密な装置です。

本番の熱気は、同時に、何かがひとつ狂えば取り返しがつかないという危うさでもある。その装置の真ん中で起きた殺人だからこそ、事件は最初から熱と危うさの両方を帯びています。

テレビ草創期の現場の手ざわりが、そのまま謎の舞台装置になっているのです。

もうひとつは、この現場を書いているのが、1954年にNHKへ入り、制作進行や演出を経験した作者自身だということです。放送の仕事を内側から見てきた書き手が、テレビ草創期の局を舞台に選び、シリーズの締めくくりに据えました。

文庫版には著者あとがきが収められています。昭和12年、昭和24年、昭和36年と、12年刻みで昭和を歩いてきたシリーズ——その最後の一歩が草創期のテレビだったことにも、書き手の来歴が重なって見えます。

こんな人におすすめ

昭和の風俗を背景にした謎解きが好きな方、テレビや放送の裏側に興味のある方には、舞台そのものが大きな楽しみになるでしょう。シリーズを前二作から追ってきた人には、完結篇として見届ける意味もあります。

一方で、現代的なスピード感のある捜査劇を求めると、時代の空気を描く筆に手間がかかって見えるかもしれません。ただ、その手間こそが昭和36年のスタジオを紙の上に立ち上げています。

作品の背景

〈昭和ミステリ〉は、2018年の『深夜の博覧会 昭和12年の探偵小説』に始まり、年末ミステリランキングで3冠を達成した『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』へと続きました。第3弾の本書は2022年に東京創元社から単行本で刊行され、同年の週刊文春ミステリーベスト10国内部門で第10位に入っています。

手に取るなら

現在手に取るなら、2025年刊の創元推理文庫版です。著者あとがきを辻真先自身が書き、解説は小山正が担当しています。

電子書籍もあります。シリーズを刊行順に辿るなら、『深夜の博覧会』から『たかが殺人じゃないか』を経て本書へ進む道筋になります。

昭和という時代の移り変わりを追う楽しみは、刊行順に読んでこそ味わえるものでしょう。本番を告げる合図とともに、昭和36年のスタジオへ足を踏み入れてみてください。

辻真先について

辻真先は1932年、愛知県の生まれです。名古屋大学を卒業して1954年にNHKへ入り、制作進行や演出の現場を経験したのち、『鉄腕アトム』『サザエさん』『デビルマン』『Dr.スランプ アラレちゃん』など、アニメや特撮の脚本家として幅広く活躍しました。

ミステリ作家としては1972年の『仮題・中学殺人事件』でデビューし、1982年に『アリスの国の殺人』で第35回日本推理作家協会賞を、2009年には名前のアナグラムである牧薩次の名義で出した『完全恋愛』で第9回本格ミステリ大賞を受けています。叙述の仕掛けを凝らした実験作から、トラベルミステリやユーモアミステリまで作風は幅広く、2019年には第23回日本ミステリー文学大賞に選ばれました。

2020年、88歳で刊行した『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』は、年末の主要ミステリランキング3誌でそろって国内1位になっています。

書誌情報

出版社
東京創元社
刊行年
2022
ISBN-13
9784488405243
系譜
戦後昭和国内
受賞歴

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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