戦後昭和国内 2013
臨月の探偵に難事件。
産むのが先か、解くのが先か。
『戯作・誕生殺人事件』辻真先

書評

戯作・誕生殺人事件

夫婦探偵の四十年を締めくくる最終巻。秋祭りの日に届いた原稿が、新たな事件をもたらす。

戯作・誕生殺人事件 表紙画像
辻真先 東京創元社2013年
目次

探偵役は、出産を目前に控えた妊婦です。辻真先『戯作・誕生殺人事件』は、臨月間近のキリコが大きなお腹を抱えたまま難事件に挑む推理小説で、頼みの夫・牧薩次は海外出張で家を空け、外では台風が荒れています。

1972年に始まった〈ポテトとスーパー〉のシリーズは、2013年のこの巻で最後の頁を迎えました。事件を追う緊張と、生まれてくる命を待つ時間——二つの張りつめたものを一つの家に同居させた、シリーズの締めくくりです。

物語の入り口

舞台は北関東の町です。牧薩次とキリコの夫妻は、東京からこの土地へ移り住みました。

牧薩次の愛称がポテト、キリコの愛称がスーパーです。キリコは高齢出産を決意し、いまは臨月を間近に控えています。

身重の暮らしを支えるため、地元の中学生の美祢が住み込みで家事を手伝っている。長年連れ添った夫婦と、手伝いの少女。

都会を離れた家で、新しい家族を迎える支度が少しずつ整えられていきます。探偵コンビとして名を馳せてきた二人にとって、これまでとはまるで性質の違う季節の始まりでしょう。

その暮らしに、事件は町の行事の日にやってきます。秋祭の日、一編のミステリの生原稿が届けられるのです。

祭りに沸く町と、届いた紙の束。この原稿が、新たな事件を呼び込むことになります。

出産を待つだけのはずだった秋が、ここで向きを変えます。祭りの華やぎと、身重の妻を抱えた家の慎重な日々。

その取り合わせのちぐはぐさが、物語の最初の不穏になっています。

さらに条件が重なります。台風が襲来した夜、薩次は海外出張で不在です。

二人一組で事件に向き合ってきたコンビの片方が、いちばん肝心な夜に家にいない。残されたキリコは、大きなお腹を抱えたまま難事件の解決に挑みます。

走り回ることも、無理を押して出歩くこともままならない体で、それでも考えることはやめない。スーパーという愛称で呼ばれてきた探偵の、これが最終巻での戦い方です。

読者は、夫の帰りを待てない嵐の夜、身重の探偵のすぐ隣で息をひそめて成り行きを見守る位置に据えられます。臨月の体と台風の夜という二重の制約を背負ったまま、シリーズ最後の事件が動き出します。

読みどころ

本作の核にあるのは、事件の緊張と出産を待つ時間とが、同じ家の中で並んで流れていることです。

臨月という言葉には、はっきりした期限が含まれています。台風の夜という閉ざされた時間と、出産までの残り日数という身体の時間。

その二つが一つの屋根の下で重なり、難事件を解く張りつめた気分と、新しい命を待つ落ち着かなさとが交互に顔を出します。謎解きの緊迫を、ここまで生活の側から組み立てた設定は、長く続いたシリーズの最終巻だからこそ成り立つものでしょう。

もうひとつは、長年連れ添った夫婦が探偵役であることです。ポテトとスーパーという呼び名の背後には、第1作からの41年ぶんの歳月が積もっています。

その年月を知っている人ほど、二人の愛称が紙面に出るたびに、ある種の感慨を覚えるはずです。そのうえで、夫を欠いた夜に妻が探偵役を担う——二人一組で歩んできたコンビの最終巻として、これほど鮮明な構図もありません。

シリーズの幕引きに寄りかかった記念の巻ではなく、年間の本格ミステリの順位表で国内6位に入った推理小説でもあります。

こんな人におすすめ

〈ポテトとスーパー〉を第1作から追ってきた人には、二人の40年余りに立ち会う最終巻として、まず手に取ってほしい巻です。シリーズを知らない人でも、身重の探偵が嵐の夜に難事件へ挑むという設定だけで、十分に引き込まれるでしょう。

家族の時間と謎解きの時間を並べた推理小説を好む方に向きます。逆に、探偵が現場を駆け回り、派手な立ち回りで犯人を追いつめる展開を期待すると、肩透かしに映るかもしれません。

動けない体で考え抜くという制約こそが、この巻の背骨です。

作品の背景

『戯作・誕生殺人事件』は2013年に東京創元社から単行本で刊行され、『2014本格ミステリ・ベスト10』の国内編で第6位に入りました。牧薩次とキリコを探偵役とするシリーズは、1972年の『仮題・中学殺人事件』に始まり、1976年の『盗作・高校殺人事件』へと続いて、本書が第6作にして最終巻にあたります。

第1作から数えて41年。同じ書き手が同じコンビを手放さず、最終巻まで送り届けたことになります。

手に取るなら

現在手に取るなら、2024年刊の創元推理文庫版です。電子書籍もあり、巻末の解説は青崎有吾が担当しています。

シリーズの歩みを順に辿るなら、出発点は1972年の『仮題・中学殺人事件』で、そこから第2作『盗作・高校殺人事件』へと進む道筋があります。秋祭に届いた原稿と、台風の夜と、臨月のキリコ。

40年を超えて書き継がれた夫婦探偵の物語は、この一冊で幕を閉じます。

辻真先について

辻真先は1932年、愛知県の生まれです。名古屋大学を卒業して1954年にNHKへ入り、制作進行や演出の現場を経験したのち、『鉄腕アトム』『サザエさん』『デビルマン』『Dr.スランプ アラレちゃん』など、アニメや特撮の脚本家として幅広く活躍しました。

ミステリ作家としては1972年の『仮題・中学殺人事件』でデビューし、1982年に『アリスの国の殺人』で第35回日本推理作家協会賞を、2009年には名前のアナグラムである牧薩次の名義で出した『完全恋愛』で第9回本格ミステリ大賞を受けています。叙述の仕掛けを凝らした実験作から、トラベルミステリやユーモアミステリまで作風は幅広く、2019年には第23回日本ミステリー文学大賞に選ばれました。

2020年、88歳で刊行した『たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説』は、年末の主要ミステリランキング3誌でそろって国内1位になっています。

書誌情報

出版社
東京創元社
刊行年
2013
ISBN-13
9784488405236
系譜
戦後昭和国内 / メタ本格
受賞歴

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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