こちらでも殺人が起きた。
双頭の悪魔
山中で分断された二村、双方で起きる事件と三度の読者への挑戦。学生アリスシリーズ第3作。
四国山中に孤立する芸術家の村へ行ったまま、マリアが戻らない。英都大学推理研の一行は、大雨のなか、村への潜入を図ります。
ところがほどなく、橋が濁流に呑まれ、交通が途絶する。川の両側に分断されたのは、江神とマリア、そして望月と織田とアリス。
双方が殺人事件に巻き込まれ、各々の真相究明が始まります。『双頭の悪魔』は、読者への挑戦が三度添えられた犯人当てです。
江神二郎シリーズの第3作で、『このミステリーがすごい!'93』国内編で第6位、1988年から2008年までのベスト・オブ・ベストでは国内編第8位。エラリー・クイーンを継ぐ論理派本格の系譜に、まっすぐ連なる作品です。
物語の入り口
マリアが、戻ってきません。四国山中に孤立する芸術家の村へ行ったまま、音信が途絶えた。
英都大学推理小説研究会の一行は、彼女を追って、大雨のなか村への潜入を図ります。山中の村、大雨、外部から孤立した芸術家たちの共同体。
舞台の条件は、最初から揃っています。しかも一行の目的は事件の捜査ではなく、仲間を連れ戻すことでした。
ほどなく、橋が濁流に呑まれます。交通は途絶し、一行は川の両側に分断されました。
一方には、江神とマリア。もう一方には、望月と織田とアリス。
探偵役の江神と、語り手のアリスが、川を挟んで別々の側に取り残される。シリーズの読者にとって、これは尋常ではない配置です。
そして、双方が殺人事件に巻き込まれます。川のこちら側でも、向こう側でも、人が死ぬ。
連絡は取れず、互いの側で何が起きているのかもわからない。それぞれの側で、各々の真相究明が始まります。
川を挟んで、二つの捜査が、互いを知らないまま並走する。この構図が、本作の読書の骨格になります。
読者は、川の両岸を行き来しながら、二つの事件を同時に追うことになります。そして、読者への挑戦が、三度。
一冊のなかで三度、作者は読者に向かって、ここまでの手がかりで答えが出せる、と宣言します。手がかりを並べ直しながら読む時間が、川の両岸で続きます。
読みどころ
読みどころは、川で分断された二つの捜査に、読者への挑戦が三度差し込まれる構成にあります。 一冊に一度の挑戦でも、書き手には相当の覚悟が要ります。
それを三度。しかも、探偵役と語り手が川で分断された状況で。
論理派本格の厳密さを、これ以上ないほど前に出した構成です。川の片側にはアリスと望月、織田が、もう片側には江神とマリアが残され、二つの村で起きた殺人に、それぞれの手で向き合うことになります。
もうひとつは、江神二郎シリーズのなかでの位置です。『月光ゲーム』『孤島パズル』と続いてきたシリーズが、第3作でこの大作に辿り着いた。
分量も、構成の大胆さも、前二作を大きく超えています。探偵役を川の向こうに残したまま、望月と織田とアリスの三人が、自分たちの手で真相究明に踏み出す。
シリーズを追ってきた人ほど、その心細さと、学生たちが手持ちの材料から推理を組み立てていく手つきに、目を離せなくなるはずです。
こんな人におすすめ
犯人当てを本気で楽しみたい読者、読者への挑戦を真に受けて三度考えたい読者に向いています。『月光ゲーム』『孤島パズル』と読んできた人は、そのまま続けて第3作へ進めます。
分量は多く、挑戦状が出るたびに手を止めて考えるなら、読み終えるまでに何日かを見込んでおくとよいでしょう。逆に、物語に身を任せて流れたい気分のときには、三度の挑戦は少し重たいかもしれません。
読み終えたあと、本格ミステリの限界がどこにあるのか、少し考えたくなります。
作品の背景
本作は学生アリス、すなわち江神二郎シリーズの第3作で、1992年に東京創元社から刊行され、1999年に創元推理文庫に入りました。現行版はこの文庫版で、江神二郎シリーズのなかでもっとも厚い一冊です。
評価は、刊行直後からはっきりしていました。『このミステリーがすごい!'93』の国内編で第6位。
そして、1988年から2008年までの二十年を振り返った『もっとすごい!!このミステリーがすごい!』のベスト・オブ・ベスト国内編で、第8位。二十年分の国内ミステリのなかで八番目、という評価です。
手に取るなら
現行版は創元推理文庫。江神二郎シリーズの第3作ですが、本作単独でも筋は追えます。
とはいえ、江神とアリスの関係を知っているほうが、二人が分断される状況の重さが伝わりますから、『月光ゲーム』『孤島パズル』の次に読むのが自然です。三度の挑戦状が来たら、その都度、本を閉じてください。
犯人当ての限界に、自分の頭で三度、挑んでみてください。
有栖川有栖について
有栖川有栖は1959年、大阪市の生まれです。小学生のころから推理作家を志し、同志社大学法学部では推理小説研究会に所属しました。
卒業後は書店に勤めながら書き続け、1989年に『月光ゲーム Yの悲劇'88』でデビューします。1994年に書店を辞め、専業作家になりました。
作品は大きく二つの系列に分かれます。江神二郎が探偵役を務める学生アリスのシリーズと、臨床犯罪学者の火村英生と推理作家の有栖川有栖が組む作家アリスのシリーズです。
2003年に『マレー鉄道の謎』で第56回日本推理作家協会賞、2008年に『女王国の城』で第8回本格ミステリ大賞、2018年に火村英生シリーズで第3回吉川英治文庫賞、2022年に第26回日本ミステリー文学大賞を受けました。2000年から2005年までは本格ミステリ作家クラブの初代会長も務めています。
書誌情報
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