現代国内 2013
推理するのは使用人。
それでも彼は探偵を名乗る。
『貴族探偵対女探偵』麻耶雄嵩

書評

貴族探偵対女探偵

推理する女探偵と召使いに任せる貴族探偵、その鮮やかな対決を楽しむ五編。

目次

探偵は現場へ足を運び、証拠を集め、自分の頭で推理するもの。麻耶雄嵩『貴族探偵対女探偵』の一方の主役、新米探偵の愛香は、この当たり前を体現する人物です。

もう一方の主役は、その当たり前を最初から無視しています。自分では捜査をせず、執事やメイドら使用人たちに推理を披露させる「貴族探偵」。

題名の「対」は、この二人の勝負の記号です。2013年に集英社から刊行された「貴族探偵」シリーズの第2弾で、「本格ミステリ・ベスト10」2014年版の国内1位に選ばれました。

物語の入り口

発端は、愛香の親友の別荘です。そこで殺人事件が起こり、新米探偵の愛香は現場に立ちます。

地道に調べ、考え、答えを出す。それが探偵の仕事だと信じている彼女のやり方は、現場を歩き、人に会い、聞いた話を突き合わせる、探偵小説の読み手が探偵に期待してきた手順そのものです。

その彼女の前に、本名も年齢も明かさない貴族探偵が現れます。優雅に振る舞い、働くことは使用人に任せ、それでいて探偵を名乗ることにためらいがない。

愛香の捜査などどこ吹く風で、貴族探偵は執事やメイドに推理を語らせます。

高徳愛香は、探偵としての誇りをかけて、この型破りな相手に挑みます。勝負の焦点は一つ、事件を解決するのはどちらの探偵か、です。

読者は愛香の隣に立って、彼女と同じ順番で現場を見て、彼女と同じ時間をかけて考えることになります。一方の貴族探偵は、どこで何を見ているのか、そもそも見ているのかさえ定かではありません。

足で稼ぐ捜査と、優雅な放任——二つの流儀が同じ現場に並ぶことで、探偵という職業の輪郭が、事件そのものより先に浮かび上がってきます。

収録作は5編。「白きを見れば」「色に出でにけり」「むべ山風を」「幣もとりあへず」「なほあまりある」。

百人一首を思わせる各題の響きが、貴族探偵の古風な佇まいとよく釣り合っています。どの編も、事件の現場に二人の探偵が居合わせるところから始まり、それぞれの流儀で推理が示されます。

読みどころ

読みどころは、愛香の真面目さが引き立て役に終わらないところにあります。 自分の目で現場を見て、考え抜いた末の答えを差し出すからこそ、貴族探偵との違いが際立ちます。

愛香が真剣であればあるほど、貴族探偵の放任は喜劇に見え、同時に、笑って済ませてよいものかという疑いも生まれます。推理をすること、解決を人に委ねること、探偵として結果を引き受けること。

探偵という仕事を成り立たせているはずの要素が、対決の形をとることで、事件ごとに違う表情で見えてきます。題名の「対」は勝負の記号であると同時に、探偵についての二つの考え方を向かい合わせる記号でもあるのです。

もうひとつは、シリーズ第2弾としての固有性です。前作『貴族探偵』で提示された、捜査をしない探偵という奇抜な着想は、それ自体で一作を支える力を持っていました。

第2弾はそこに、正反対の流儀を持つ職業探偵をぶつけます。相手がいることで、貴族探偵の涼しい顔は初めて比較の対象になり、愛香の地道さもまた、貴族探偵がいなければただの真面目さで終わったはずです。

対決という枠組みは一編かぎりの趣向で終わらず、別荘の事件から最後の「なほあまりある」まで、5編のどれにおいても二人を同じ現場に呼び戻します。

探偵の勝ち負けを試合のように追いたい読者には、確かにその楽しみもあります。ただ、5編を読み終えて残るのは勝敗の記憶よりも、「探偵の仕事とは何か」という問いが少し違って見えるようになった、という感覚のほうでしょう。

作品の背景

『貴族探偵対女探偵』は2013年に集英社から単行本として出て、2016年に集英社文庫に入りました。貴族探偵を主役にしたシリーズの第2弾で、前作『貴族探偵』に続く一冊です。

「本格ミステリ・ベスト10」2014年版では国内1位。収められた5編はいずれも短編から中編の長さで、一つの事件を読み切る満足と、同じ二人の対決が積み重なっていく連作の楽しさを、一冊のなかで両方味わえます。

手に取るなら

現在手に取るなら、集英社文庫版です。電子版もあります。

シリーズ第2弾ですが、各編は独立した事件として読めるため、この巻から入っても構図はすぐにつかめます。貴族探偵の流儀を先に知っておきたいなら、前作『貴族探偵』から順に読むのが素直です。

愛香の奮闘を応援するのもよし、貴族探偵の涼しい顔に翻弄されるのもよし——どちらの側に立つか決めてから、まず「白きを見れば」を開いてみてください。

麻耶雄嵩について

麻耶雄嵩は1969年、三重県上野市(現在の伊賀市)の生まれです。京都大学工学部に学び、在学中は京大推理小説研究会に所属しました。

1991年、綾辻行人・法月綸太郎・島田荘司の推薦を受けて『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』でデビューしています。

以後、メルカトル鮎、京都の名探偵木更津悠也、推理を使用人に任せる貴族探偵と、癖の強いシリーズ探偵を並行して書き継ぎ、名探偵という存在そのものを問い直す本格を発表してきました。2011年に『隻眼の少女』で第64回日本推理作家協会賞と第11回本格ミステリ大賞を受け、2015年には『さよなら神様』で2度目の本格ミステリ大賞を受けています。

『貴族探偵』は2017年にテレビドラマにもなりました。

書誌情報

出版社
集英社
刊行年
2013
ISBN-13
9784087454895
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物
受賞歴

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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