映画が完成しない。
愚者のエンドロール
結末が撮られないまま途切れた自主映画。その続きを推理で埋める古典部シリーズ第2作。
結末の撮られていない映画を見せられて、「この続きはどうなるはずだったのか」と訊かれたら、どう答えるでしょうか。『愚者のエンドロール』は、その問いをそのまま一冊分の謎にしてしまった長編です。
古典部のメンバーが先輩から見せられた自主制作のビデオ映画は、廃屋の密室で起きたショッキングな殺人シーンで途切れていました。犯人は誰か。
その方法は。手がかりは、すでに撮り終えられた映像のなかにしかありません。
米澤穂信の〈古典部〉シリーズ第2作です。
物語の入り口
きっかけは、一本の自主制作ビデオ映画です。古典部のメンバーが先輩から見せられたその映画は、生徒の手で撮られた作品です。
廃屋の、鍵のかかった部屋。そこで起きるショッキングな殺人シーン。
映像はそこで途切れています。肝心の結末が撮られないまま、映画は尻切れとんぼのまま止まっている。
犯人は誰なのか、どうやったのか。画面の外に答えを求めようにも、手もとにあるのは途切れたテープ一本です。
先輩が古典部に持ち込んだのは、この映画の続きを探してほしいという相談でした。
そこで折木奉太郎たち古典部の面々が、この宙に浮いた結末を探すことになります。省エネを信条に、できるだけ何もしないで済ませたい奉太郎。
気になります、の一言で彼を動かしてしまう千反田える。そこに福部里志と伊原摩耶花が加わった四人が、映像を見直し、撮影の事情を聞き、あるはずだった結末を考える。
事件は起きていません。起きたのは、映画のなかだけ。
それでも、答えを出さなければならない。フィルムのなかの密室と、それを見つめる放課後の部室。
二つの場所が、この長編の舞台です。
読者は、古典部と同じ一本のフィルムを見せられる位置に立たされます。与えられている材料は、誰にとっても同じ映像でしかない。
映っているのは、廃屋の密室と、そこで途切れる殺人の場面だけ。古典部の四人がそれを見直すたびに、読者も同じ映像を頭のなかで巻き戻すことになります。
先輩が答えを待っている、廃屋の密室で途切れたフィルムのその先へ向かって、古典部の四人と読者は、少しずつ、しかし確実に距離を詰めていくことになります。
読みどころ
手がかりは、撮り終えられた映像のなかにしかない。この条件が、古典部と読者を同じ材料の前に並べています。
人が死なない、警察も来ない。それでも謎解きの緊張が最後まで途切れないのは、材料が最初からすべて出揃っているからです。
足りないのは情報ではなく、見方のほう。何が足りないのかを考える時間こそが、この長編のいちばんの持ち味です。
映画を観るという誰もが知っている行為が、そのまま推理の作業になる。見慣れた行為が謎解きの手順へと裏返る、その転換の鮮やかさが、この二作目の芯になっています。
もうひとつは、古典部の四人の距離感です。省エネ主義の奉太郎と、好奇心の塊の千反田。
第1作で出会ったばかりの四人の関係が、二作目でどう動いていくか。日常の謎と青春小説がひとつの器に収まる、このシリーズの持ち味は、ここでも健在です。
人が死なない事件を扱いながら、考えることの重さだけは軽くならない。その塩梅が、このシリーズを長く読ませてきました。
こんな人におすすめ
映画や映像作品が好きで、撮られたものを読み解く楽しみを知っている人には、とくに向いています。〈古典部〉を『氷菓』から読んできた人には、迷わず薦められる二作目です。
逆に、本物の事件の緊迫感を求める気分のときには、映画のなかの殺人という枠組みは、少し遠く感じられるかもしれません。
作品の背景
2001年のデビュー作『氷菓』から始まる〈古典部〉シリーズの、二作目にあたるのが本作です。学校行事と部活動という、事件など起こりそうにない場所を舞台に選びながら、そこに解くべき謎を見つけ出す。
デビュー作から続く姿勢が、二作目ですでにくっきりと形になっています。
刊行は2002年8月、角川書店から。デビュー作の翌年に出た、シリーズの土台を固めた一冊です。
2012年にはシリーズがテレビアニメ『氷菓』として映像化され、本作はその第8話から第11話までの四話分にあたります。
手に取るなら
現行版は角川文庫。250ページ強という分量ですから、腰を据えれば一日で読み終えられます。
本作だけでも筋は追えますが、部員同士の関係が少しずつできあがっていく過程まで含めて味わいたいなら、『氷菓』から順に読み進めるのがおすすめです。アニメ版で先に触れた人が、原作の細部を確かめるのにも向いています。
映画を観終えたあとの部室の空気を、活字でもう一度味わってみてください。
米澤穂信について
米澤穂信は1978年、岐阜県の生まれです。金沢大学文学部の在学中からウェブサイトで小説を発表しており、大学時代に北村薫の『空飛ぶ馬』『六の宮の姫君』を読んで衝撃を受け、ミステリへ進む道を定めたといいます。
卒業後は書店で働きながら書き続け、2001年に『氷菓』で第5回角川学園小説大賞ヤングミステリー&ホラー部門奨励賞を受けてデビューしました。
高校生の身の回りの謎を扱う〈古典部〉〈小市民〉の両シリーズを書き継ぐ一方、大人の読者に向けた長編や短編集へも領域を広げてきました。2011年に『折れた竜骨』で第64回日本推理作家協会賞、2014年に『満願』で第27回山本周五郎賞を受け、2021年刊の『黒牢城』では第12回山田風太郎賞に続いて第166回直木三十五賞と第22回本格ミステリ大賞を受けています。
2025年には〈小市民〉シリーズで第10回吉川英治文庫賞を受けました。
書誌情報
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