現代国内 1997
オレンジ色が怖い教え子は、
夕焼けの中で依頼に来た。
『朱色の研究』有栖川有栖

書評

朱色の研究

夕焼けの色に怯える教え子の依頼から、過去の事件の再調査へ踏み込んでいく火村英生の長編。

朱色の研究 表紙画像
有栖川有栖 KADOKAWA(角川文庫)1997年
目次

夕日が研究室を朱一色に染めていた時刻、火村英生のもとへ、教え子の貴島朱美が思いがけない依頼を持ち込みます。朱美は、昔の出来事が傷になって、どぎついオレンジ色をひどく怖がる学生です。

火村は友人で推理作家の有栖川有栖とともに、当時の関係者から事情を聴取しようとします。ところがその矢先、火村宛に、新たな殺人を示唆するような電話が入る。

『朱色の研究』は、探偵役の火村と記録役の有栖川が組む、火村英生シリーズの長編です。本格ミステリ・ベスト10 1998年版で、国内9位に選ばれました。

物語の入り口

火村英生シリーズは、臨床犯罪学者の火村と推理作家の有栖川のコンビが、フィールドワークと称して事件に関わる連作です。事件を解くのは火村で、その場に付き添って書き留めるのが有栖川、という役の分け方です。

始まりは、研究室の夕焼け時です。一面を朱に染めた部屋で、火村英生は、教え子の貴島朱美から突然の依頼を受けます。

朱美は、毒々しいオレンジ色を恐怖する人物でした。過去のトラウマが、その色を恐れさせている。

朱に染まった研究室で、オレンジ色を恐れる教え子が、依頼を持ちかける。題名の「朱色」が、この書き出しの場面と響き合っています。

依頼を受けた火村は、友人で推理作家の有栖川有栖とともに、当時の関係者から事情を聴取しようとします。当時の、という言葉が示すとおり、これは過去の事件の再調査です。

関係者を訪ね、話を聞き、時間の隔たった出来事の輪郭を描き直していく。火村と有栖川の、フィールドワークと称する調査が始まります。

時間が経った事件ほど、証言は曖昧になり、記憶は都合よく書き換えられる。その難しさも含めて、再調査は進みます。

ところが、その矢先。火村宛に、新たな殺人を示唆するような電話が入ります。

過去の事件を調べ始めた学者のもとに、これから起きる殺人を匂わせる声が届く。過去の事件と、これからの殺人。

二つの影を、火村は同時に抱えることになります。

読者は、朱に染まった研究室から、火村と有栖川の後ろについて歩き出すことになります。事件を解く学者と、それを記録する作家。

二人の会話を通して、時間の隔たった事件の輪郭が、論理で描き直されていく。電話の声を背中に受けながら、二人は当時の関係者のもとへ向かいます。

読みどころ

読みどころは、過去の事件を掘り返す調査と、これからの殺人を示唆する電話が、一人の学者の前に並び立つところにあります。 過ぎた出来事を、関係者の証言から論理で描き直す。

それだけでも本格ミステリの骨格として十分ですが、そこに、これから起きるかもしれない殺人の影が重なる。火村と有栖川は、過去と現在の両方に向き合うことになります。

二つの時間を同時に抱える緊張が、この長編の読み心地です。

もうひとつは、色です。朱に染まった研究室、オレンジ色を恐れる教え子。

題名の「朱色」が、書き出しの場面から読者の視野に置かれています。夕焼けの朱と、教え子が怯えるオレンジ。

近い色が依頼の場面に並んで置かれているため、まず視覚の印象が残る本格ミステリになっています。論文を書き、訪ねてくる学生と話す部屋——学者にとってもっとも日常的なその場所に、朱の光と、怯える朱美が入り込んでくる。

事件の始まりが研究室の窓辺に置かれていることで、火村の仕事場そのものが、最初から不穏な色に塗られています。

こんな人におすすめ

証言を積み上げて論理で解く本格を好む読者、過去の事件を掘り起こす型の物語に惹かれる読者に向いています。火村英生シリーズを追ってきた人には、言うまでもなく向いています。

事件は一冊で完結しますから、シリーズの途中から読んでも問題ありません。事件が教え子の口から、学者の研究室へじかに持ち込まれる。

その入り口にも、この一冊ならではの手ざわりがあります。逆に、速い展開や派手な仕掛けを求める気分のときには、聞き取りを重ねる歩みは少し遠回りに映るかもしれません。

作品の背景

刊行は1997年11月、角川書店から。現行版は角川文庫で432ページ、電子版もあります。

刊行の翌年の本格ミステリ・ベスト10 1998年版で、国内9位に入りました。

手に取るなら

現行版は角川文庫。火村英生シリーズの一冊ですが、本作単独でも筋は追えます。

一面を朱で染めた研究室の夕焼け時から、物語は始まります。読むなら、夕方に。

窓の外が朱に染まる時刻に頁を開けば、教え子が火村に突然の依頼を持ち込む書き出しの場面が、手もとの光とそのまま重なって見えるはずです。

有栖川有栖について

有栖川有栖は1959年、大阪市の生まれです。小学生のころから推理作家を志し、同志社大学法学部では推理小説研究会に所属しました。

卒業後は書店に勤めながら書き続け、1989年に『月光ゲーム Yの悲劇'88』でデビューします。1994年に書店を辞め、専業作家になりました。

作品は大きく二つの系列に分かれます。江神二郎が探偵役を務める学生アリスのシリーズと、臨床犯罪学者の火村英生と推理作家の有栖川有栖が組む作家アリスのシリーズです。

2003年に『マレー鉄道の謎』で第56回日本推理作家協会賞、2008年に『女王国の城』で第8回本格ミステリ大賞、2018年に火村英生シリーズで第3回吉川英治文庫賞、2022年に第26回日本ミステリー文学大賞を受けました。2000年から2005年までは本格ミステリ作家クラブの初代会長も務めています。

書誌情報

出版社
KADOKAWA / 角川文庫
刊行年
1997
ISBN-13
9784041913048
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物
受賞歴

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リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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