要求は地方都市の放棄。
救国ゲーム
限界集落の首なし死体から、国家を人質に取るテロへ。視野の広い本格長編
「すべての地方都市を放棄せよ。人質は地方に暮らす8000万人の日本国民」。一人の犯人が国に突きつける要求としては、桁外れの大きさです。
結城真一郎『救国ゲーム』は、この宣告を発した犯人と、それを止めようとする二人の攻防を描く物語です。発端は、“奇跡”の限界集落で見つかった一体の首無し死体。
山あいの小さな集落と、国家全体を相手取る脅し——その縮尺の落差から、謎解きと時間との競争が同時に走り出します。
物語の入り口
舞台は、“奇跡”の限界集落と呼ばれる土地です。限界集落という言葉は、ふつうは衰えや過疎の文脈で使われます。
そこに“奇跡”という形容が添えられている。その取り合わせだけで、どこか落ち着かない場所に連れてこられた気がするはずです。
物語は、この集落で首無し死体が発見されるところから動き出します。
そこへ、犯人が名乗りを上げます。愛国者にして救世主(パトリシア)。
そう名乗る犯人は、高らかに宣告します。すべての地方都市を放棄せよ、人質は地方に暮らす8000万人の日本国民だ、と。
脅しの手段はドローンによる無差別テロで、実行までの期限が切られています。山あいの一つの死と、国全体を巻き込む要求が、いきなり同じ紙面に並べられる。
この急な拡大が、序盤の息苦しさを生んでいます。
事態に向き合うのは、立場のまるで違う二人です。一人は、集落の住人でカリスマブロガーの陽菜子——現場に暮らし、言葉を外へ発信する側の人間です。
もう一人は、“死神”の異名を持つエリート官僚の雨宮。国を動かす仕組みの内側から事態を見る人物です。
土地の内側にいる発信者と、制度の側に立つ官僚。この二人が、日本の存亡を賭けて不可能犯罪に挑みます。
読者は、期限の針が進む音を耳の奥で聞きながら、二人と同じ地点から首無し死体の謎の前に立たされます。犯人の要求は巨大で、残された時間は限られている。
それでも解くべきは、目の前にある一件の不可能犯罪です。国家の危機と一つの現場という二つの尺度を、同時に握らされたまま、物語は加速していきます。
読みどころ
読みどころは、本格の謎解きと時限式のサスペンスを、同じ速度で引っぱっていく構えにあります。
本格ミステリとサスペンス、二つの型がこの一冊には組み合わされています。片方の軸には、首無し死体という不可能犯罪があり、論理で解かれるのを待っています。
もう片方の軸には、ドローンによるテロの期限があり、刻一刻と迫ってきます。腰を落ち着けて考えたい謎と、立ち止まることを許さない時計——ふつうなら互いの足を引っぱりかねない二つの要素が、一本の物語のなかに並んで置かれている。
この緊張の張り方が、作品の構えを決めています。
もうひとつは、題材の大きさと謎の輪郭との釣り合いです。地方都市の放棄という要求は、人口減少や地方の行く末といった現実の問いを否応なく連想させます。
けれども本格ミステリ大賞の候補に挙がったことが示すとおり、物語の軸足は謎解きの側にあります。陽菜子と雨宮という対照的な二人が並ぶことで、同じ出来事が土地の目と国の目の両方から照らされるのも、この構えを支えています。
こんな人におすすめ
国家規模の設定を、現実の政治の物差しで細かく測りながら読みたい人には、要求の大きさそのものが引っかかるかもしれません。一方で、スケールの大きな舞台に、きちんと論理で解かれる不可能犯罪が据えられている物語を探している人には、よく噛み合うはずです。
期限つきのサスペンスで頁を繰る手を止めたくない人、本格の謎解きを手放さずに読みたい人の、どちらにも向いています。
作品の背景
『救国ゲーム』は2021年10月20日に新潮社から単行本で刊行された、結城真一郎の3作目の長編です。同じ2021年、著者は短編「#拡散希望」で第74回日本推理作家協会賞の短編部門を受けており、この作品はその受賞の直後に世に出ました。
翌2022年には第22回本格ミステリ大賞の小説部門で候補作に選ばれています。短編での受賞と、長編での本格ミステリ大賞候補入り。
二つの評価が、同じ時期に並んだことになります。
デビュー作『名もなき星の哀歌』、2作目の『プロジェクト・インソムニア』を経た本書は、デビューから間もない時期に、国家とテロという大きな題材へ本格の枠組みで挑んだ作品です。
手に取るなら
現在手に取るなら、2024年11月28日に刊行された新潮文庫版です。512ページあり、解説は吉田大助が書いています。
電子書籍も文庫と同じ日に配信が始まりました。独立した作品なので、著者のほかの作品を読んでいなくても、ここから入って差し支えありません。
山あいの集落で見つかった首無し死体から、国家を相手取った期限つきの勝負へと舞台が広がっていく、骨太な一作です。
結城真一郎について
結城真一郎は1991年、神奈川県の生まれです。東京大学法学部を卒業し、会社に勤めながら書いた長編で2018年に第5回新潮ミステリー大賞を受け、翌2019年、その作品を『名もなき星の哀歌』として刊行してデビューしました。
その後は『プロジェクト・インソムニア』『救国ゲーム』と長編を重ね、2021年には短編「#拡散希望」で第74回日本推理作家協会賞の短編部門を受けています。平成生まれの作家として初めての受賞でした。
同作を収めた短編集『#真相をお話しします』は2023年の本屋大賞にもノミネートされ、ほかに連作『難問の多い料理店』などがあります。
書誌情報
結城真一郎をもっと読む
全作品一覧へ →似た読み味を、他の作家で
気分タグ・系譜の重なりから自動抽出。★は管理人が実読して太鼓判を押した本