現代国内 2010
探偵は事件を解決した。
十八年後に悪夢が戻る。
『隻眼の少女』麻耶雄嵩

書評

隻眼の少女

寒村の殺人事件で疑われた大学生を、隻眼の少女探偵が救う。そして18年後——麻耶雄嵩のW受賞作。

隻眼の少女 表紙画像
麻耶雄嵩 文藝春秋(文春文庫)2010年
目次

名探偵が、水干姿の少女だったら。麻耶雄嵩『隻眼の少女』は、その一点の違和感から立ち上がる長編です。

舞台は寒村。殺人事件の犯人と疑われた大学生・静馬を、隻眼の少女探偵・みかげが救い出します。

事件はいったん解決します。けれども、18年という歳月を隔てて悪夢がふたたび訪れる——その隔たりが、物語の長さと射程を告げています。

2010年に刊行され、第64回日本推理作家協会賞と第11回本格ミステリ大賞を同じ年に受けた一作です。

物語の入り口

舞台は山あいの寒村です。大学生の静馬がその村を訪れたとき、殺人事件が起こります。

よそから来た若者に、村の目は冷たい。状況は彼に不利に傾き、静馬は犯人と疑われる立場に追い込まれます。

閉ざされた共同体、土地に伝わる言い伝え、外から来た者へ向けられる視線——山村を舞台にした本格ミステリの道具立てが、惜しみなく揃えられた幕開けです。村には村の時間が流れ、外の常識をそのまま持ち込むことはできません。

よそ者の言葉が不信を招き、不信がまた新しい沈黙を生む。静馬は、その悪循環のいちばん底に落とされた若者です。

そこへ現れるのが、みかげです。水干をまとった隻眼の少女。

風貌のどこを取っても探偵らしさから遠いのに、彼女は探偵として振る舞い、静馬にかけられた疑いを推理によって解きほぐしていきます。少女探偵という取り合わせの奇妙さを、物語は説明で埋めようとはしません。

ただ彼女が事件の前に立ち、言葉を発する。その姿を見る目は、静馬のものです。

読者は疑われた側の静馬のすぐ隣に立たされ、村の人々と同じ不信の目を向けられながら、この風変わりな少女がどこまで信じてよい存在なのかを、彼と同じ速度で測っていくことになります。

事件は解決します。少女探偵の推理が村を覆っていた疑いを晴らし、静馬は救われる。

ここまでなら、山村ものの物語として一編が閉じたと言ってよいでしょう。ところが、物語はそこで閉じません。

18年後、悪夢はもう一度起こります。18年という歳月がこの村に何を残し、何を変えなかったのか。

第一の事件を見届けた読者は、その問いを抱えたまま、二度目の幕が上がるのを待つことになります。

読みどころ

読みどころは、名探偵という存在を、正面から舞台に上げたところにあります。 麻耶雄嵩は、デビュー作の副題に「最後の事件」と書いたときから、探偵が謎を解いて物語を閉じるという約束事そのものを、作品の主題に据えてきた作家です。

その主題を担うのは、水干姿の隻眼の少女という、およそ現実味を欠いた探偵像です。隻眼という外見の特異さ、水干という時代錯誤の装い、そして少女という年齢。

どれも名探偵の記号としては過剰で、その過剰さが逆に、探偵が舞台に立つとはどういうことかを見る側に意識させます。この風変わりな造形が単なる飾りではなく、閉鎖的な山村・因習・村を覆う沈黙という伝統的な素材と噛み合っている。

そこに、この物語の手応えがあります。

もうひとつは、2010年という刊行年の位置です。デビューから19年目の作品が、日本推理作家協会賞と本格ミステリ大賞を同じ年に受け、年間ランキングの上位にも入りました。

1991年に副題で「最後の事件」を掲げてから、名探偵という存在を問い直す作品を書き継いで19年目の長編です。さらに5年後の2015年には、『さよなら神様』で二度目の本格ミステリ大賞を受けています。

古典的な山村ものの謎解きだけを期待して開くと、18年後という第二幕の存在に、読み方の調整を迫られるかもしれません。第一の事件が閉じたところで本を置きたくなる人もいるでしょう。

けれども、18年を隔てた二つの時間を抱えるには、この長さが要ります。

作品の背景

『隻眼の少女』は2010年、文藝春秋から刊行されました。第64回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)と第11回本格ミステリ大賞のW受賞に加え、『このミステリーがすごい!2011年版』をはじめとする年間ランキングでも上位に入っています。

手に取るなら

現在手に取るなら、文春文庫版です。文藝春秋の単行本に続いて文庫化され、入手は容易です。

麻耶雄嵩の作品は多くがシリーズ探偵を持ちますが、本作は単独の物語で、前に読んでおくべき作品はありません。シリーズ探偵の予備知識がいらないぶん、この著者に初めて触れる読者も、ここから入れます。

寒村と隻眼の少女、そして18年後——この三つだけを携えて、まず第一の事件から読み始めてみてください。

麻耶雄嵩について

麻耶雄嵩は1969年、三重県上野市(現在の伊賀市)の生まれです。京都大学工学部に学び、在学中は京大推理小説研究会に所属しました。

1991年、綾辻行人・法月綸太郎・島田荘司の推薦を受けて『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』でデビューしています。

以後、メルカトル鮎、京都の名探偵木更津悠也、推理を使用人に任せる貴族探偵と、癖の強いシリーズ探偵を並行して書き継ぎ、名探偵という存在そのものを問い直す本格を発表してきました。2011年に『隻眼の少女』で第64回日本推理作家協会賞と第11回本格ミステリ大賞を受け、2015年には『さよなら神様』で2度目の本格ミステリ大賞を受けています。

『貴族探偵』は2017年にテレビドラマにもなりました。

書誌情報

出版社
文藝春秋 / 文春文庫
刊行年
2010
系譜
現代国内 / 名探偵もの

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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