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REVIEW · 書評
N° 106 · 2026-07-21
モリアーティ 表紙画像
現代英国

モリアーティ

アンソニー・ホロヴィッツ / KADOKAWA(角川文庫)
" ライヘンバッハ直後、ホームズ不在の英国で米国探偵とジョーンズ警部が犯罪帝国の後継を追う。
#ホームズの系譜#とにかく騙されたい
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📝 書評 世評・資料をもとに、当サイトの選書基準で構成した書評です ✓ 結末・犯人・トリックの種類には触れていません
review notes

ミステリーとしての読みどころ

「最後の事件」と呼ばれる滝の対決から、わずか5日。ホームズもモリアーティも姿を消した英国に、名探偵の代わりとして足を踏み入れるのは誰なのか——『モリアーティ』は、その空白から立ち上がる一冊です。

コナン・ドイルが遺した世界に正面から向き合いながら、探偵役の椅子が空いたままの物語をどう成立させるか。アンソニー・ホロヴィッツが挑んだのは、そんな大胆な設定でした。

著者について

著者ホロヴィッツは、英国ミステリ畑で長く腕を磨いてきた書き手です。『刑事フォイル』『バーナビー警部』といったテレビドラマの脚本を数多く手がけ、のちに『カササギ殺人事件』などの本格長編で世界的な読者を獲得しました。

コナン・ドイル財団から公式の書き下ろしを託された数少ない作家の一人でもあり、本作はその公認作の第2作にあたります。第1作『絹の家』(2011年)が「ワトスンがホームズを語る」という王道の話法に徹していたのに対し、本作はまったく違う入り口を選びました。

同じ財団公認の看板を掲げながら、前作とは別仕立てで「ホームズの世界」へ分け入っていく——その振れ幅の大きさが、この作家の引き出しの多さをよく物語っています。原書は2014年にOrion Booksから、邦訳は駒月雅子訳で2017年に角川文庫から刊行されています。

物語の入り口

舞台は1891年。ホームズとモリアーティが滝壺へ消えたとされる事件の、5日後のスイスです。

現場となった片田舎に、二人の男が相次いで姿を現します。一人は米国ピンカートン探偵社の調査員フレデリック・チェイス。

もう一人は、ロンドン警視庁から海を越えてやってきたアセルニー・ジョーンズ警部です。

チェイスが大西洋を渡ってきたのは、一人の危険な男を追ってのことでした。モリアーティという巨大な影が消えた英国の裏社会——その空席を狙って米国からやってきた犯罪者クラレンス・デヴロー。

裏社会の首領と目されるこの男の足取りをたどるチェイスと、同じ事件に別の糸口からたどり着いたジョーンズは、現場で顔を合わせ、それぞれの手にした情報を照らし合わせることになります。糸口となるのは、ライヘンバッハで見つかった死体が隠し持っていた、一枚の奇妙な紙。

そこに秘められた意味を追って、二人の共同捜査がゆっくりと動き出します。ホームズもモリアーティも退場したあとの英国という、いわば主役たちが去った舞台から物語が立ち上がっていく感覚が、冒頭からすでに独特です。

ここで一組のコンビが生まれていく呼吸が、まず心地よいところです。語り手をつとめる米国人のチェイスと、生真面目な英国の警部ジョーンズ。

異国から来た者と土地の警察官という取り合わせに、読者はどこかで見た関係を——そう、ホームズとワトスンの面影を、自然と重ねることになります。しかもジョーンズは、著者が新たに造形した人物ではありません。

原典『四つの署名』に登場した警部その人で、本作ではホームズの推理術を熱心に研究し、自らそれを実践しようとする人物として描き直されています。名探偵が去った世界に、その方法論だけが残され、別の人間の手で動き出す。

この設定そのものが、静かな緊張を物語に走らせています。

読みどころ

本作の面白さは、「ホームズ不在のホームズ物」という難題に、真正面から答えを差し出しているところにあります。 脇役として原典のすみに登場していたジョーンズを拾い上げ、主役級の探偵役へと造形し直す。

その一手ひとつを取っても、原典への細やかな目配りと、現代本格作家としての構築力が両立していることがわかります。米国側の語り手チェイスと英国の警部ジョーンズというバディの組み立てにも、ワトスンとホームズという原点への敬意がまっすぐ流れ込んでいます。

ホームズ・サーガを愛する読者ほど、随所にちりばめられた原典への呼応に気づく喜びがあるはずです。財団が公認を与えた理由は、こうした誠実さのなかにこそ透けて見えます。

一方で、密室や暗号のような一点突破のパズルだけを目当てにすると、少し狙いが違うと感じるかもしれません。本作の主眼は、ホームズという不動の中心が抜けた世界をどう成立させるか、その物語づくりの側にあります。

ホームズ・サーガの空気を知っていればいるほど、細部の目配りやバディの造形が効いてくる作りなので、原典やパスティーシュに親しんできた読者にはとりわけ強く響くはずです。読み応えのある大作として、各所で高い評価を受けてきた一冊でもあります。

手に取るなら

入手は角川文庫版(2017年、駒月雅子訳)が現行で、紙・電子とも手に入れやすい状況です。巻末には有栖川有栖による解説が添えられています。

読む順序は公認作第1作『絹の家』から本作へと進むのが自然ですが、扱う事件は独立しているため、本作から先に手に取っても支障はありません。名探偵の消えた英国の街をもう一度歩いてみたい読者にとって、確かな手応えの残る一作です。

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書誌情報

出版社
KADOKAWA / 角川文庫
原書刊行年
2014
邦訳刊行年
2017
ISBN-13
9784041058749
系譜
現代英国 / 名探偵もの