鈴木は絶対に間違えない。
さよなら神様
神様が先に犯人を告げ、その答えから考えはじめる、麻耶雄嵩の本格ミステリ大賞受賞作です。
犯人が誰か、最初から教えてもらえたら、推理小説はどうなるのでしょうか。麻耶雄嵩『さよなら神様』は、その問いを正面から引き受けた作品です。
「犯人は〇〇だよ」。そう告げるのは鈴木という人物で、鈴木の情報は絶対に正しい。
やつは神様なのだから——物語は、この前提から出発します。小学生たちの日常と、人の死をめぐる問いが隣り合う作品で、2014年に文藝春秋から刊行され、翌2015年の第15回本格ミステリ大賞を受け、「本格ミステリ・ベスト10」2015年版では国内1位に選ばれました。
物語の入り口
鈴木は、自分を神様だと言います。そして事件が起こると、「犯人は〇〇だよ」と犯人を告げる。
大事なのは、伏字の中身ではなく、その一言が絶対に正しいという前提のほうです。やつは神様なのだから、鈴木の情報は疑いようがない。
謎を解く側に立つ、いわば神様探偵です。物語はこの一点を土台に置いて動きます。
普通の推理小説なら、犯人の名は最後に明かされます。手がかりを集め、可能性を潰し、ようやく一人に絞り込む。
その順番が、ここでは逆さになっています。答えが先に置かれ、そこから考えることが始まる。
神様が犯人を告げたとしても、なぜその人物が犯人なのか、どうやって事件が起きたのか、答えを聞いた側が納得できるとは限りません。答えを知ったうえで、それを自分の頭で埋めていく。
犯人は誰か、ではなく、告げられた答えにどう考えを追いつかせるか。問いは、そういう形で差し出されます。
舞台にいるのは小学生たちです。学校の日常があり、友だちがいる。
そして、神様だという鈴木がいる。頼れそうな存在が近くにいる暮らしと、人の死をめぐる問いが、同じ頁の上に隣り合っています。
子供の視線の高さで語られる日常の柔らかさと、事件の重さ。その温度差が、この作品の読み口を決めています。
「犯人は〇〇だよ」という短い一言が、子供たちの暮らしのただ中に置かれるわけです。読者は、神様の言葉を聞かされた子供たちと同じ場所に立たされます。
答えは手元にある。しかし、その答えをどう受け止め、どう考えるかは、自分で決めなければなりません。
読みどころ
本作の核は、答えが先にある推理という、逆立ちした枠組みそのものにあります。 犯人の名を最初に知らされて、なお考えることが残る。
むしろ、答えを知っているからこそ、考えなければならないことが増える。神様の言葉は正しいとしても、その言葉と、目の前で起きている出来事のあいだを埋めるのは、人間の思考です。
神様に尋ねられることと、自分で考えること。その二つのあいだにどれだけの距離があるのかを、この作品は小学生たちに背負わせます。
推理小説を読むとき、多くの人は犯人の名を最後の楽しみに取っておきます。その楽しみを先に手渡されたとき、頁をめくる手を動かすのは何なのか。
それを確かめていく読書になります。
もうひとつは、日常の柔らかさと問いの重さの取り合わせです。学校生活の身近な風景の中に、人の死という題材が置かれている。
子供の目線だからこそ、死は抽象的な事件ではなく、知っている誰かの不在として立ち上がります。神様がそばにいる安心と、その神様が死を語る不気味さ。
この温度差は、読み進めるほど濃くなっていきます。
そして評価です。本格ミステリ大賞と「本格ミステリ・ベスト10」の1位は、本格を専門に読む人たちの投票と選考によるもので、本格の読み手がこの作品を年間の頂点に置いたという意味を持ちます。
子供の日常が舞台だからといって、穏やかな物語を期待して開くと、その落差に息を呑むかもしれません。小学生たちが向き合う問いは、大人が向き合っても軽くない種類のものです。
作品の背景
『さよなら神様』の刊行は2014年、文藝春秋から。2015年、麻耶雄嵩は2011年の『隻眼の少女』に続いて、この『さよなら神様』で第15回本格ミステリ大賞を受けました。
「本格ミステリ・ベスト10」2015年版で国内1位、本格ミステリ大賞の受賞と、その年の本格ミステリの評価をほぼ独占した形です。
手に取るなら
現在手に取るなら、文春文庫版です。電子版もあります。
「神様シリーズ」の第2作で、先行作に『神様ゲーム』があります。順番については、シリーズ第2作という位置づけだけを承知したうえで、ご自身で決めてください。
犯人の名を先に渡されて、それでもなお考え続ける。その読書の手応えは、最初に「犯人は〇〇だよ」と告げられる場面から、もう始まっています。
麻耶雄嵩について
麻耶雄嵩は1969年、三重県上野市(現在の伊賀市)の生まれです。京都大学工学部に学び、在学中は京大推理小説研究会に所属しました。
1991年、綾辻行人・法月綸太郎・島田荘司の推薦を受けて『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』でデビューしています。
以後、メルカトル鮎、京都の名探偵木更津悠也、推理を使用人に任せる貴族探偵と、癖の強いシリーズ探偵を並行して書き継ぎ、名探偵という存在そのものを問い直す本格を発表してきました。2011年に『隻眼の少女』で第64回日本推理作家協会賞と第11回本格ミステリ大賞を受け、2015年には『さよなら神様』で2度目の本格ミステリ大賞を受けています。
『貴族探偵』は2017年にテレビドラマにもなりました。
書誌情報
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