現代国内 2022
身に覚えのない殺人で、
数時間で日本中が敵になった。
『俺ではない炎上』浅倉秋成

書評

俺ではない炎上

外回り中に殺人犯にされた営業部長が、日本中から追われながら逃げ続けます。

俺ではない炎上 表紙画像
浅倉秋成 双葉社(双葉文庫)2022年
目次

山縣泰介は、女子大生を殺していません。そのことを、読者は最初から知っています。

知らないのは、ネットに出回った彼の実名と写真を目にした、日本中の人々のほうです。浅倉秋成『俺ではない炎上』は、無実の営業部長がほんの数時間で国じゅうから追われる身になり、逃げ続ける姿を描く長編です。

名前を出され、事実だと思い込まれてしまう怖さを題材に据えたこの作品は、2022年の週刊文春ミステリーベスト10で国内9位に入りました。

物語の入り口

営業部長の山縣泰介は、外回りの最中に一本の緊急の電話を受けます。「とにかくすぐ戻れ!」。

聞けば、自分が「女子大生殺害犯」だとされ、すでに実名と写真付きで素性がネットに晒されて、大炎上しているらしいのです。SNSで犯行を自慢していたアカウントがあり、それが彼のものだと誤認されてしまったようだ、というのが事の次第です。

本人にしてみれば、まったく身に覚えのない話です。誤解はすぐに解けるだろう——はじめ、彼はそう楽観していました。

ところが成りすましは実に巧妙で、無実を信じてくれる者が誰一人いません。勤め先の会社も、付き合いのある友人も、そして家族でさえも。

無実を信じてくれる者が周りに一人もいないまま、彼は取り残されます。

事態はそこで収まりません。ほんの数時間のうちに、日本中の人間が敵に回ります。

誰も彼もに追いかけられるなかで、泰介は必死の逃亡を続けることになります。電話を受けた時点ではまだ楽観していられた男が、そのわずかなあいだに、誰からも追われる側へ押しやられてしまうのです。

誰にも信じてもらえないまま追われる側に回るまでに、数時間しかかかっていません。

この逃亡を、読者は彼の潔白をはじめから知ったうえで追いかけます。彼がやっていないことに、疑いの余地はありません。

それでも、実名と写真が出回ってしまった以上、周りの誰もが彼を犯人として見ています。誰にも信じてもらえない無実を抱えて、一人の男が逃げ続ける。

物語はそこから動き出していきます。

読みどころ

読みどころは、犯人でないと最初からわかっている男の逃亡劇が、同時に謎解きにもなっているところにあります。

主人公が殺人を犯していないことは、はじめから明らかです。それでも、女子大生殺害を自慢するアカウントは現に存在し、そのアカウントは彼のものとして受け取られています。

追われる男の逃亡劇でありながら、物語は謎解きの顔もあわせ持っています——この作品は、週刊文春ミステリーベスト10や「このミステリーがすごい!」と並んで、本格ミステリに絞ったランキングである「本格ミステリ・ベスト10」にも名前を載せました。

もうひとつは、題材そのものです。描かれるのは、名前と顔写真が一つの罪と結びつけられた瞬間から、それが事実だと思い込まれてしまう怖さです。

会社も友人も家族も、誰ひとり無実を信じてくれない。その状況を、数時間という短い時間のうちに主人公へ背負わせたところから、この作品は始まっています。

こんな人におすすめ

年末のミステリランキングを手がかりに本を選ぶ人には、四つのランキングにそろって名前の載った作品として、手に取る理由がはっきりしています。『六人の嘘つきな大学生』や『教室が、ひとりになるまで』で浅倉秋成を知り、その次の作品を探している人にも向きます。

読者が主人公の無実を最初から知ったうえで追いかける逃亡劇は、速度と読みやすさの面でも評価されてきました。まとまった時間に一気に読み進めたい人にも向く一冊です。

作品の背景

『俺ではない炎上』は2022年5月、双葉社から書き下ろしの単行本として刊行されました。『六人の嘘つきな大学生』の翌年に世に出た作品です。

週刊文春ミステリーベスト10の国内9位に加えて、「本格ミステリ・ベスト10」2023年版で14位、「ミステリが読みたい!2023年版」国内篇で16位、「このミステリーがすごい!」2023年版で19位と、四つの年間ランキングにそろって名を連ねています。ほんタメ文学賞2022年上半期のたくみ部門大賞を受け、第13回山田風太郎賞と第36回山本周五郎賞の候補にも挙がりました。

手に取るなら

現在手に取るなら、2024年6月12日刊の双葉文庫版です。単行本は2022年5月に双葉社から書き下ろしで刊行されました。

2025年9月26日には、山田篤宏監督、阿部寛主演、松竹配給で実写映画も公開されています。文庫版はA6判で373ページ。

外回りの途中にかかってきた「とにかくすぐ戻れ!」の一本の電話が、その最初の頁で待っています。

浅倉秋成について

浅倉秋成は1989年、千葉県の生まれです。はじめは漫画家を目指していましたが、大学で受けた文芸創作の講座をきっかけに小説を書き始めました。

印刷会社の営業職を経て、2012年に『ノワール・レヴナント』で第13回講談社BOX新人賞"Powers"を受けてデビューします。

2019年刊の『教室が、ひとりになるまで』が第20回本格ミステリ大賞と第73回日本推理作家協会賞の候補になり、2021年の『六人の嘘つきな大学生』は2022年の本屋大賞で5位に入って、2024年に映画化されました。張りめぐらせた伏線を鮮やかに回収する書きぶりから「伏線の狙撃手」とも呼ばれます。

漫画『ショーハショーテン!』では小畑健と組み、原作を担当しています。

書誌情報

出版社
双葉社 / 双葉文庫
刊行年
2022
ISBN-13
9784575527582
系譜
現代国内
受賞歴
·

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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