大統領暗殺予告が待つ。
ナイト&シャドウ
異国で暗殺予告に向き合うSPの仕事から、人を守る判断の重みを味わう一冊。
守る側の話です。柳広司『ナイト&シャドウ』の主人公は、日本のSP首藤。
研修先は、アメリカのシークレットサービスです。異国の現場で待っていたのは、大統領暗殺の予告でした。
そこから、知力と体力の両方を限界まで求められる任務が始まります。研修に来たはずの日本のSPが、アメリカの警護の現場で試されることになります。
講談社から2014年に出て、2015年6月に講談社文庫に入りました。
物語の入り口
首藤は日本のSPです。要人の身辺を警護する仕事で、研修先としてアメリカのシークレットサービスへ送られます。
シークレットサービスは大統領を守る組織で、警護の技術と経験の厚みでは、世界でもっとも知られた存在です。日本のSPが、その現場で学ぶ。
研修という言葉の響きは穏やかで、ここまでは、職業小説の入り口のようにも見えます。
そこへ、大統領暗殺の予告が届きます。研修生として来ていたはずの首藤は、人命にかかわる任務のただなかに置かれます。
異国で、言葉が違い、組織の作法が違い、自分の立場は研修生にすぎない。それでも、守る仕事に研修生も本職もありません。
予告が届いた時点で、首藤の研修は、任務に変わります。予告は、まだ何も起きていない段階の言葉です。
起きてから動くのでは遅く、起きる前に動くには、何が起きるのかを先に読まなければなりません。異国の組織のなかで、首藤はその読みを求められます。
警護という仕事の性質を、少し考えてみます。人を守るには、目の前の危険だけでは足りません。
まだ形にならない危険、起きるかどうかもわからない危険まで、先回りして考えなければならない。犯人を追う探偵の仕事が、起きた出来事を遡るものだとすれば、警護官の仕事は、まだ起きていない出来事の前に進み出て塞ぐものです。
この長編の緊張は、その先回りの難しさから生まれています。
任務は、知力と体力のどちらか一方では務まらないものです。頭を使う場面と体を使う場面が、交互ではなく同時に来る。
首藤の目で、その両方を追うことになります。読む側も、首藤と同じ速度で考えることになります。
次に何が来るのかを首藤より先に読めたとき、この本はいちばん面白くなります。
読みどころ
この本の面白さは、謀略の世界を、仕掛ける側ではなく守る側から描いたところにあります。 首藤の側には、身を隠すという選択肢がありません。
守る対象を隠すことはできず、どこにいるかは誰もが知っていて、それでも守り切らなければならない。仕掛ける側は一度の隙を突けばよく、守る側はすべての隙を塞がなければならない。
その不釣り合いが、警護という仕事の重さそのものです。予告を受けた側がどこまで先を読めるか、という一点に、物語の緊張が集まっていきます。
しかも首藤が立っているのは、自分の国の現場ではありません。慣れない組織の作法のなかで、研修生という立場のまま、その読みを求められます。
もう一つは、判断の描き方です。警護の仕事では、行動の速さと判断の確かさが同時に求められます。
速く動くだけなら訓練で身につきますが、何を危険と見なし、何を見送るかは、その場の判断です。首藤の任務に目を向けていると、行動力と同じくらい、判断力のほうが気になってきます。
人を守るとはどういうことか。その問いが、活劇の速度のなかで、ちゃんと考えられています。
首藤は、この作品で初めて登場する主人公です。どんな警護官なのか——それは任務のなかで、少しずつ見えてきます。
作品の背景
陸軍のスパイ養成学校で正体を隠して働く者たちを『ジョーカー・ゲーム』で描いた柳広司が、この作品で選んだのは、謀略を防ぐ側です。仕掛ける頭脳ではなく、守る頭脳。
戦前の陸軍、明治のロンドン、古代ギリシア。遠い時代と土地を舞台に選んできた作家が、ここでは現代のアメリカに立ちます。
『ナイト&シャドウ』は、その守る側の仕事を正面から描いた警護ミステリで、単行本は2014年に講談社から、文庫は2015年6月に講談社文庫から出ています。
手に取るなら
現行版は講談社文庫です。柳広司をこれが初めてという人には、新しい主人公の最初の任務から入れる作品として。
警護官という職業に興味のある人には、そのまま——守る仕事の判断がどれだけ速く、どれだけ重いかを、首藤と一緒に味わえます。行動の速さと判断の確かさを、両方楽しみたい人向けの一冊です。
研修先で予告が届いたところから、首藤の任務が始まります。
柳広司について
柳広司は1967年、三重県に生まれました。神戸大学法学部を卒業し、1998年に「挙匪(ボクサーズ)」で第4回歴史群像大賞の佳作に入ったのち、2001年に原書房から出た『黄金の灰』で小説家になります。
同じ年には『贋作『坊っちゃん』殺人事件』で第12回朝日新人文学賞を受けました。
初期の仕事の軸は、実在の人物や名作を借りて謎解きを組むことでした。シュリーマン、ソクラテス、マルコ・ポーロ、夏目漱石、シートンといった人々が、探偵役や事件の当事者として作中に呼びこまれます。
2008年の『ジョーカー・ゲーム』は陸軍のスパイ養成機関「D機関」を描いた連作で、翌年に第30回吉川英治文学新人賞と第62回日本推理作家協会賞をそろって受け、以後シリーズとして書き継がれました。歴史の枠組みに架空の事件を差し込む手つきは、スパイ小説に移ってからも変わっていません。
書誌情報
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