現代国内 2013
黄色い花の写真を載せたら、
警察庁の男が近づいてきた。
『夢幻花』東野圭吾

書評

夢幻花

消えた黄色い花を、孫娘と大学院生、身分を隠したエリート、所轄の刑事がそれぞれに追う。

目次

花を愛でながら余生を送っていた老人、秋山周治が殺されました。遺体の第一発見者は、孫娘の梨乃。

彼女は、祖父の庭から消えた黄色い花の鉢植えが気になり、そのことをブログにアップします。『夢幻花』は、その一輪の花をめぐって、世代も立場も異なる人々の人生が交差する長編です。

ブログを見て、身分を隠して近づいてきたのが、警察庁に勤務するエリート、蒲生要介。ふとしたことからその弟で大学院生の蒼太と知り合った梨乃は、二人で事件の真相解明に乗り出します。

一方、西荻窪署の刑事・早瀬も、別の思いを胸に事件を追っていた。第26回柴田錬三郎賞を受けた、東野圭吾の独立長編です。

物語の入り口

秋山周治は、花を愛でながら余生を送っていた老人でした。その彼が、殺されます。

遺体を最初に見つけたのは、孫娘の梨乃。祖父の死という衝撃のなかで、彼女はひとつのことが気になります。

祖父の庭から、黄色い花の鉢植えが消えていた。祖父が大切にしていたはずの花が、なくなっている。

事件の捜査とは別のところで、その小さな違和感が、彼女を動かします。

梨乃は、そのことをブログにアップします。誰かが何かを知っているかもしれない、というささやかな期待でした。

ところが、そのブログを見て近づいてきた人物がいました。蒲生要介。

警察庁に勤務するエリートです。ただし彼は、身分を隠して近づいてきた。

なぜ警察庁の人間が、身分を隠してまで、一輪の花の行方を気にするのか。

ふとしたことから、梨乃は要介の弟、大学院生の蒼太と知り合います。そして二人で、事件の真相解明に乗り出す。

若い二人は、完成された探偵ではありません。それぞれの人生を抱えたまま、手探りで祖父の死と花の行方を追っていきます。

一方、西荻窪署の刑事・早瀬も、別の思いを胸に、この事件を追っていました。若い二人の手探りと、刑事の捜査が、同じ花をめぐって重なっていきます。

読者は、三つの動きを同時に追うことになります。梨乃と蒼太、要介、そして早瀬。

祖父を亡くした孫娘、身分を隠したエリート、所轄の刑事と、事件への距離はそれぞれに違います。その三方向から、消えた一鉢の黄色い花へ視線が集まっていく。

それが、この物語の骨格です。

読みどころ

三方向からの追跡が並走し、ひとつの事件が別々の角度から少しずつ照らし出されていきます。 孫娘と大学院生、警察庁のエリート、所轄の刑事。

同じ事件を追いながら、それぞれが見ているものは違う。その違いが、少しずつ重なり、ひとつの像を結んでいく。

二人の若者が完成された探偵ではないことも、この物語の手触りを決めています。彼らは鮮やかに推理を組み立てるのではなく、手探りと足踏みを繰り返しながら、花の行方を追っています。

もうひとつは、ブログという発端です。庭の花が消えた、という個人の書き込みが、見知らぬ人間を呼び寄せてしまう。

ネットに放った小さな記録が現実の人間関係を動かし始める気味の悪さが、序盤から張りつめています。身分を隠したエリートが近づいてくるくだりの圧力と、花をめぐって交差していく人々の人間ドラマ。

二つが、庭から消えた同じ一輪のまわりで重なっています。

こんな人におすすめ

一つの事件を複数の視点から立体的に眺めるミステリを好む読者、立場の違う人々の人生が交わる人間ドラマに心を動かされる読者に向いています。東野圭吾のシリーズ外の長編を探している人にも、まず薦めたい一冊です。

480ページのあいだ、三人の立場を行き来しながら、一鉢の花の行方を追い続けることになります。花に詳しくなくても、読むのに支障はありません。

逆に、テンポの速い展開を求める気分のときには、三つの動きが並走する前半は、焦点がなかなか一点に絞られず、もどかしく映るかもしれません。

作品の背景

本作は2013年にPHP研究所から刊行され、第26回柴田錬三郎賞を受賞しました。刊行の年の『週刊文春ミステリーベスト10』でも、国内部門10位に入っています。

どのシリーズにも属さない、独立した長編です。現行版はPHP文芸文庫で480ページ。

部数は118万部を突破しています。1985年のデビューから28年目、加賀恭一郎のような看板の探偵を置かずに、孫娘と大学院生を事件の中心に据えた作品です。

手に取るなら

現行版はPHP文芸文庫。シリーズには属さない独立した作品ですから、他の東野作品を読んでいなくても問題ありません。

祖父の庭から消えた、黄色い花。その行方を、梨乃と蒼太とともに追ってみてください。

花を愛でて暮らした老人の庭に空いた、一鉢ぶんの隙間から、長い物語がほどけていきます。

東野圭吾について

東野圭吾は1958年、大阪市生野区の生まれです。大阪府立大学工学部電気工学科を卒業し、日本電装(現デンソー)の技術者として働きながら推理小説を書き、1985年に『放課後』で第31回江戸川乱歩賞を受けてデビューしました。

翌年に会社を辞めて上京し、専業作家になっています。

長く大きな話題作に恵まれない時期が続きましたが、1998年の『秘密』が広く読まれ、翌年の第52回日本推理作家協会賞(長編部門)を受賞しました。2006年には『容疑者Xの献身』で第134回直木賞と第6回本格ミステリ大賞を受けました。

刑事・加賀恭一郎と物理学者・湯川学のシリーズを軸に、学園もの、本格の謎解き、サスペンス、ミステリの約束事を笑うパロディまで幅広く書き、2023年には著作の国内累計発行部数が1億部を超えています。同じ年に菊池寛賞、2024年に日本ミステリー文学大賞を受け、2026年7月に68歳で亡くなりました。

書誌情報

出版社
PHP研究所
刊行年
2013
ISBN-13
9784569765600
系譜
現代国内
受賞歴
·

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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