現代国内 1994
死体から小さな鍵が一本。
名探偵は迷宮に落ちた。
『二の悲劇』法月綸太郎

書評

二の悲劇

死体から見つかった一本の鍵と「長さ90センチ相当」のキーホルダー。手がかりから論理を組む作家=探偵法月綸太郎と、二人称で描かれる「きみ」。

二の悲劇 表紙画像
法月綸太郎 祥伝社(祥伝社文庫)1994年
目次

主人公は、「きみ」。法月綸太郎『二の悲劇』は、二人称で描かれる部分を持つ作品です。

「きみ」は京都四条河原町の雑踏で、突然に名前を呼ばれます。思いもかけぬ再会に、二人は惹かれ合う。

すべては、東京世田谷で「彼女」が殺されて暗転しました。死体から見つかった、たった一本の小さな鍵。

「長さ90センチ相当」のキーホルダーから、作家探偵・法月綸太郎はひとつの推理を導きます。けれども、その推理で事件が閉じることはありませんでした。

1994年に祥伝社ノン・ノベルから出て、第48回日本推理作家協会賞長編部門の候補になりました。

物語の入り口

「きみ」は、京都四条河原町の雑踏で、突然に名前を呼ばれます。思いもかけぬ再会。

二人は惹かれ合っていく。主人公は、この「きみ」です。

読み手は「きみ」と呼ばれ続けながら、「きみ」の身に起きたことを追うことになります。名前を呼ばれたのは「きみ」なのに、その驚きを読み手も自分のこととして受け取ってしまう。

二人称で書かれた場面には、そういう引き込む力があります。

京都の再会がどこへ向かうのかを、読み手は「きみ」と一緒に見守ることになります。惹かれ合う二人の時間は、まだ明るい色をしています。

そして、すべては東京世田谷で「彼女」が殺されて暗転しました。死体から見つかったのは、たった一本の小さな鍵。

「長さ90センチ相当」というキーホルダーの奇妙な条件から、作家探偵・法月綸太郎はひとつの推理を導きます。この一本の鍵と、90センチという数字。

それだけを足場に筋道を組み上げるところに、探偵の最初の見せ場があります。作家と同じ名前を持つこの探偵を主人公にしたシリーズは、デビュー作の翌年から書き継がれてきました。

ところが、一本の鍵から導かれた推理は、果てのない迷宮の入口にすぎませんでした。京都の雑踏で始まった「きみ」の時間と、世田谷の死を追う探偵の時間——二つを手渡されたまま、読み手はその入口に立たされます。

読みどころ

読みどころは、一本の鍵から導いた推理が、終点ではなく出発点になっていくところにあります。 探偵は手がかりから推理を導きます。

導いた推理は、正しいかもしれないし、正しくないかもしれません。手がかりを重んじる書き手らしく、推理の足場になるのは、一本の鍵のような、手に取れる小さな物です。

探偵が推理を組み立て、組み立てた推理と向き合い続ける。その過程そのものが、物語を前へ進めていきます。

答えに着くことより、答えを疑い続けることのほうに、この物語の重心があります。

もうひとつは、「きみ」という二人称です。誰かに「きみ」と呼びかけられ続ける文章を読むとき、読み手は、自分がその「きみ」なのか、それとも「きみ」を見ている誰かなのかを、決めないまま読み進めることになります。

その宙づりの感覚は、この物語の読み味を決める大きな要素です。四条河原町の人波のなかで不意に名前を呼ばれる、その一瞬の戸惑いまでが、呼びかけの文体を通してじかに手元へ届きます。

この事件で、探偵は迷い、苦しみます。一本の鍵と90センチという数字から筋道を組み上げる手つきは確かなのに、探偵はその筋道のうえで足を止め、何度も考え直すことになります。

作家と同じ名前を持つ探偵が、迷いを抱えたまま推理を手放さずにいる。その粘りの重さが、この作品の読後に残るものです。

すっきりと解決される快感を求めて開くと、戸惑うかもしれません。その戸惑いこそが、この作品の核です。

作品の背景

この作品は1994年に祥伝社ノン・ノベルから刊行されました。『一の悲劇』に続く「悲劇」を冠する作品で、第48回日本推理作家協会賞長編部門の候補になっています。

手に取るなら

祥伝社文庫の新装版で読めます。電子版もあります。

シリーズは作家探偵・法月綸太郎の登場作を順に読むのが本筋ですが、この作品は事件そのものが独立していますから、ここから入ることもできます。手がかりから論理で真相に至る本格の快感と、その論理が探偵自身を苦しめる姿。

両方を一度に味わいたい人に向いています。京都の雑踏で「きみ」が名前を呼ばれるところから——迷宮の入口まで、まず自分の足で歩いてみてください。

法月綸太郎について

法月綸太郎は1964年、島根県松江市に生まれました。京都大学法学部に進み、京大推理小説研究会では綾辻行人・我孫子武丸と同期でした。

1988年、島田荘司の推薦を受けて『密閉教室』でデビューし、新本格の書き手として歩み出します。第2作『雪密室』からは、作者と同名の推理作家・法月綸太郎が警視の父とともに事件に挑むシリーズを書き継いできました。

敬愛するエラリー・クイーンの設定にならった形です。

2002年に短編「都市伝説パズル」で第55回日本推理作家協会賞短編部門、2005年に『生首に聞いてみろ』で第5回本格ミステリ大賞を受賞しました。評論家としても知られ、クイーン作品を論じるなかで「後期クイーン的問題」を提起しています。

2013年から2017年まで本格ミステリ作家クラブの会長を務め、2025年には新保博久との往復書簡『死体置き場で待ち合わせ』で本格ミステリ大賞の評論・研究部門も受けました。

書誌情報

出版社
祥伝社 / 祥伝社文庫
刊行年
1994
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物 · 名探偵もの

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この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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