探偵が来たのはその後だ。
頼子のために
復讐が手記の中で語り終えられたあと、名探偵が真相解明に乗り出す長編。
「頼子が死んだ」。法月綸太郎『頼子のために』は、この一行で始まる手記から幕を開けます。
書き手は、17歳の愛娘を殺された父親です。通り魔事件で片づけようとする警察に疑念を抱き、ひそかに犯人をつきとめて刺殺し、自らは死を選ぶ。
父親はそう書き残していました。慟哭も、追跡も、決着も、手記の中で語り終えられています。
しかし、その手記を読んだ名探偵・法月綸太郎が、真相解明に乗り出します。1990年に講談社から出て、現在は講談社文庫の新装版で読めます。
復讐が果たされたあとの地点から、物語は動き出します。
物語の入り口
第一部は、一冊分の手記です。書き出しは「頼子が死んだ」。
書き手は、17歳の愛娘・頼子を殺された父親です。警察は娘の死を通り魔事件として片づけようとしました。
父親はそれに疑念を抱き、ひそかに犯人をつきとめます。そして刺殺し、自らは死を選ぶ。
手記には、そう書かれていました。娘を失った父親の慟哭、犯人への追跡、そして決着。
ふつうなら物語の最後に来るはずのものが、すべて第一部の手記の中で語り終えられています。読み手は、事件の始まりを知る前に、事件の終わりを読まされることになります。
その手記を読んだ名探偵・法月綸太郎が、真相解明に乗り出します。すでに終わったはずの一件を、もう一度調べ直す。
目次を開くと、第二部が「余波」、第三部と第四部が「再調査」、第五部が「真相」と並んでいます。物語のかなりの部分が、すでに語られた話を検討し直す作業に充てられているということが、目次だけからわかります。
「余波」から「再調査」を経て「真相」へ。目次の言葉が、そのまま物語の道筋です。
17歳の頼子の死、父親の手記、その手記に書かれた復讐、そして一件を調べ直す探偵。物語を動かす駒は、この四つで盤に並びます。
探偵役は、作者と同じ名前を持つ法月綸太郎——作者の名を負った探偵が、他人の書き残した手記を携えて、終わったはずの一件へ引き返していきます。
読みどころ
この作品の読みどころは、復讐の顛末を最初に見せたうえで、探偵がその一件を最初から調べ直すという構成そのものにあります。 慟哭も追跡も決着も、第一部で語り終えられている。
ふつうの探偵小説なら、そこで幕です。ここでは、そこから幕が開く。
終わった話を調べ直す探偵は、何を探すのか。何を見つけるのか。
その答えは第五部「真相」まで待たなければなりませんが、待つ時間そのものが、この物語の読み味です。すでに語られた話を、探偵がもう一度、最初からたどり直す。
第二部から第四部までの長い道のりは、探偵が一歩ずつ手順を踏んでいく、その歩幅のまま読者の前に差し出されます。
もうひとつは、父親の手記の重さです。17歳の娘を殺された父親が、自分の手で犯人をつきとめ、刺殺し、死を選ぶ。
その経緯を、父親自身の言葉で読む。第一部の手記は、それだけで一つの物語として胸に残ります。
謎を解く興味とは別に、娘を失った父親の言葉の重さが、読み終えたあとまで尾を引きます。
論理の書き手が、父親の悲しみを正面から書いている。その組み合わせが、この作品を長く読み継がれるものにしてきました。
謎解きの興味だけを求めて開くと、第一部の手記の重さに足を取られるかもしれません。それでかまわない、と言える作品です。
論理と悲しみのどちらか一方だけを求める人にも、もう一方を渡してくる。そういう本です。
作品の背景
この作品は、『密閉教室』でのデビューからわずか2年後に世に出た、法月綸太郎シリーズ初期の長編です。単行本は1990年に講談社から、269ページで刊行されました。
当時は「新本格推理の傑作」という言葉をシリーズ名として背負って出た本です。1993年5月に348ページで講談社文庫に入り、2017年12月に新装版が出ました。
新装版は本文を改訂し、文字を大きくして448ページ。文庫版あとがきに加えて、新装版への付記も収録されています。
2020年には韓国語版が出ました。
手に取るなら
講談社文庫の新装版で448ページ、電子版もあります。文字が大きくなり、あとがきと付記がついた新装版を選んでください。
法月綸太郎シリーズの3作目ですが、事件は独立していて、この一冊だけで困りません。手記から始まる探偵小説、復讐のあとから始まる物語、論理と悲しみの両方を求める人に。
「頼子が死んだ」——この一行の先に、父親の手記と、探偵の再調査が待っています。
法月綸太郎について
法月綸太郎は1964年、島根県松江市に生まれました。京都大学法学部に進み、京大推理小説研究会では綾辻行人・我孫子武丸と同期でした。
1988年、島田荘司の推薦を受けて『密閉教室』でデビューし、新本格の書き手として歩み出します。第2作『雪密室』からは、作者と同名の推理作家・法月綸太郎が警視の父とともに事件に挑むシリーズを書き継いできました。
敬愛するエラリー・クイーンの設定にならった形です。
2002年に短編「都市伝説パズル」で第55回日本推理作家協会賞短編部門、2005年に『生首に聞いてみろ』で第5回本格ミステリ大賞を受賞しました。評論家としても知られ、クイーン作品を論じるなかで「後期クイーン的問題」を提起しています。
2013年から2017年まで本格ミステリ作家クラブの会長を務め、2025年には新保博久との往復書簡『死体置き場で待ち合わせ』で本格ミステリ大賞の評論・研究部門も受けました。
書誌情報
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