読者に犯人当てを挑んだ。
不連続殺人事件
作者みずから懸賞を出して読者に挑んだ、坂口安吾初の本格探偵小説。
坂口安吾は探偵小説を愛し、戦争中は仲間と犯人当てゲームに興じていました。その作家が戦後の雑誌連載で、今度は誌面の向こうの読み手を相手に同じ勝負を仕掛けます——それも、自分の原稿料を賭けて。
1947年9月号から『日本小説』に連載された『不連続殺人事件』には懸賞がかけられ、江戸川乱歩ら専門作家のもとには名指しの挑戦状が届きました。安吾が初めて書いた本格探偵小説であり、巨勢博士が登場する最初の事件です。
物語の入り口
舞台は山奥の洋館です。人々が集まったその屋敷で、殺人事件が起こります。
屋敷を満たしているのは、乱倫と狂態です。登場人物は多く、その振る舞いは生々しいものです。
行儀のよい人々が整然と並ぶ上品な謎解きを思い描いて頁を開くと、序盤の乱れた空気に面食らうかもしれません。
事件に向き合うのは巨勢博士です。安吾の作品に初めて姿を見せる探偵役で、のちに巨勢博士シリーズと呼ばれる連作の第1作がこの作品にあたります。
手がかりとなるのは、そのただ中に残された「心理の足跡」です。指紋や遺留品のような物の跡ではなく、人の心の運びが残していった跡をたどる推理です。
物証を一つずつ積み上げていく推理とは、拾い上げる材料の種類がそもそも違います。
そして、連載当時の仕掛けは文庫の中にもそのまま残っています。作者が自らの原稿料を賭けた「読者への挑戦状」が作中に網羅されており、頁をめくる側は、1947年に誌面を追った人々と同じく、謎を解く側の席に座らされることになります。
懸賞の締め切りはとうに過ぎていても——文庫で頁を開くいまも——挑まれているという構図だけは変わりません。
人里離れた山奥の洋館、乱れきった屋敷の空気、そして原稿料を賭けた挑戦状。仲間内の犯人当てを愛した無頼派が並べたこの三枚の札が、物語の冒頭で卓の上に出そろいます。
そこから先は、探偵役と並んで屋敷の人々を見つめながら、自分の頭で考えることになります。
読みどころ
作者が原稿料を賭けて挑んだのは、物の跡ではなく心の跡から犯人を当てるという勝負です。
挑まれた相手は、誌面の読み手だけではありませんでした。連載中、乱歩ら専門作家にも名指しの挑戦状が届いています。
探偵小説を本業とする書き手に勝負を挑み、その仕掛けで当の書き手たちを驚かせた。探偵作家クラブ賞の受賞は、その翌年のことです。
もうひとつは、書き手の来歴との重なりです。戦争中に仲間うちで楽しんだ推理の遊びが、戦後、懸賞つきの連載という公の場に持ち出されました。
無頼派と呼ばれた筆は、屋敷に集まった人々の乱れた振る舞いを遠慮なく描き出します。その生々しさと、作者が読者に正面から挑む犯人当ての約束事とが、一つの作品のなかで同居している。
そこに、この書き手ならではの色が出ています。『堕落論』『白痴』の作家が初めて手がけた本格探偵小説で、探偵作家の名を冠した賞を受けたことになります。
単行本の刊行から60年余りを経た2012年のランキングでも、国内19位に名前が残っています。
こんな人におすすめ
作者から正面切って挑戦状を受け取り、謎解きに本気で取り組みたい人に向いています。登場人物の多い物語を、頁を行き来しながら追うのが苦にならない人にも。
戦後まもない時期の受賞作を、当時の懸賞の仕掛けごと読んでみたい人にも手に取ってほしいところです。反対に、生々しい人間の振る舞いが苦手な人や、屋敷を舞台にした謎解きに品のよさを求める人には、序盤の空気が重く感じられるはずです。
作品の背景
『不連続殺人事件』の連載は1948年8月号まで続き、同年12月15日にイヴニングスター社から単行本として刊行されています。翌1949年には第2回探偵作家クラブ賞を受け、『東西ミステリーベスト100』2012年版では国内19位に入りました。
1977年には曾根中生監督の手で映画にもなっています。安吾の探偵小説はこのあと『復員殺人事件』、そして『明治開化 安吾捕物帖』へと続き、同じ探偵役が『復員殺人事件』で再び事件に挑みます。
無頼派の作家が歩んだ推理ものの道筋は、ここを起点にしています。
手に取るなら
1948年にイヴニングスター社から出た単行本を、現在手に取るなら新潮文庫版で読むことになります。416ページで、電子書籍もあります。
巻末には、短篇「アンゴウ」が特別収録されています。巨勢博士が登場する長編は2作あり、発表順に読むならこちらが先です。
続く『復員殺人事件』は河出文庫から出ており、現在は電子書籍で読めます。『明治開化 安吾捕物帖』は全20話が青空文庫で無料公開され、2024年4月には春陽文庫から傑作選も出ました。
安吾の探偵小説は、この山奥の洋館から始まります。
坂口安吾について
坂口安吾は1906年、新潟市の生まれです。戦前にファルス風の短編『風博士』で注目され、終戦直後の1946年に発表した『堕落論』と『白痴』で一躍人気作家となりました。
太宰治、織田作之助らとともに無頼派と呼ばれます。
少年時代から探偵小説を愛読し、推理作家ではクリスティを最も高く買っていた人でもあります。1947年から雑誌『日本小説』に『不連続殺人事件』を連載し、1949年にこの作品で第2回探偵作家クラブ賞(現在の日本推理作家協会賞)を受けました。
その後も『復員殺人事件』や『明治開化 安吾捕物帖』など、謎解きの小説を書き続けています。純文学から歴史小説、評論まで手がけ、1955年に48歳で世を去りました。
書誌情報
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