結末は別の作家が書いた。
復員殺人事件
中断から8年後、別の作家の手で完結を迎えた数奇な戦後本格長篇。
書き始めた作家と、書き終えた作家が別の人である推理小説です。坂口安吾の『復員殺人事件』は、連載の中断と作者の死を経て、高木彬光の筆で結末までたどり着きました。
連載の開始から完結までに流れた歳月は9年。『不連続殺人事件』に続いて巨勢博士が探偵役を務める、安吾の推理ものの第2作です。
物語の入り口
昭和二十二年、つまり1947年。戦争が終わって2年ほどのころです。
軍務を解かれた兵士たちが、それぞれの家へ戻っていった時代——『不連続殺人事件』の連載が『日本小説』で始まったのも、同じ年でした。倉田家にも、ひとりの復員兵が帰ってきます。
ただ、戻ってきたその男は、どこか異様でした。
帰還の翌晩、殺人事件が起こります。男が家の敷居をまたいでから、まだ一日しか経っていません。
問いは、その夜だけにとどまりません。さかのぼること五年、ひとつの轢死事件が起きていました。
新しい殺人とその轢死とのあいだに、関連はあるのか。ひとりの帰還、翌晩の死、過去の轢死。
発端に並ぶのは、この三つの出来事です。
前作は、山奥の洋館に人々が集まるところから幕を開けました。こちらの発端にあるのは、集まりではなく帰還です。
屋敷に招かれた客たちではなく、家に戻ってきた一人の男。戦後まもない時期の復員と、それを迎える家族の空気が、物語の土台に敷かれています。
舞台を閉ざされた館から一軒の家へ移したところに、二つの事件簿の違いがまず表れています。
事件に向き合うのは、「心理の足跡」を見抜く探偵として前作に登場した巨勢博士です。帰還の直後に起きた死と、五年前の轢死。
ばらばらに置かれた点がいくつか手渡されたところから、洋館の事件に続く博士の二度目の仕事が始まります。
読みどころ
核にあるのは、帰還の翌晩に起きた殺人と、五年前の轢死とを結ぶ一本の問いです。
関連はあるのか。あるとすれば、どこで結びつくのか。
この問いは、発端から読む側の手に渡されます。五年前といえば、まだ戦争のさなかでした。
戦時に起きた死と、戦後の帰還の翌晩に起きた死とが、時代の境目をまたいで並べられているわけです。しかも、事件は一度では終わりません。
過去の死と現在の死がどう向き合わされていくのか——その問いを抱えたまま、頁を追うことになります。
もうひとつは、この作品が完成に至った道のりそのものです。書き始めた安吾、企画を立てた乱歩、書き終えた高木。
三人の名が、ひとつの事件の成り立ちに関わっています。『刺青殺人事件』を認めて高木を世に出した乱歩が、今度は編集長として完結編の企画を立て、その高木が、亡くなった安吾の遺した物語の続きを引き受けたことになります。
書き継いだ側は、自身の名探偵・神津恭介ではなく、他の作家が生んだ巨勢博士の事件を引き継ぐ役目を負いました。雑誌の廃刊で途切れ、作者の死で行き場を失い、完結編を得て結ばれた。
第19章までの原稿と書き継がれた完結編とを、いまは一冊の文庫で通して読めます。
こんな人におすすめ
『不連続殺人事件』を読み終え、巨勢博士の次の事件を待っていた人にまず向いています。無頼派の書き手、企画を立てた編集長、戦後派五人男の一人という三つの名前のつながりから、戦後の推理小説の成り立ちをたどってみたい人にも。
神津恭介の生みの親が、他の作家の探偵役を引き継いで書いた完結編という点に惹かれる人も、手を伸ばしてみる価値があります。一方、紙の本で手元に揃えたい人には、現行の文庫が品切であることが壁になります。
作品の背景
『復員殺人事件』の連載が始まったのは1949年、雑誌『座談』の誌上でした。いったん中断したのち1950年に再開されますが、掲載誌の廃刊によって第19章で途切れます。
1955年に作者が48歳で亡くなり、物語は未完のまま残されました。動いたのは江戸川乱歩です。
1957年に『宝石』の編集長に就いた際の企画で完結編の執筆が決まり、1958年に物語は完結します。完結にあたって題も改められ、その案を出したのも同じ編集長でした。
手に取るなら
現在の版は2019年8月刊の河出文庫で、320ページ。紙の本は品切で重版未定のため、読むなら電子書籍が確かです。
巨勢博士が登場する長編は2作で、刊行順に読むなら新潮文庫の『不連続殺人事件』が先になります。短篇「アンゴウ」を特別収録したその新潮文庫版から入り、二つの事件を続けて追うこともできます。
昭和二十二年に帰ってきた男の物語を、前作に続けて開いてみてください。
坂口安吾について
坂口安吾は1906年、新潟市の生まれです。戦前にファルス風の短編『風博士』で注目され、終戦直後の1946年に発表した『堕落論』と『白痴』で一躍人気作家となりました。
太宰治、織田作之助らとともに無頼派と呼ばれます。
少年時代から探偵小説を愛読し、推理作家ではクリスティを最も高く買っていた人でもあります。1947年から雑誌『日本小説』に『不連続殺人事件』を連載し、1949年にこの作品で第2回探偵作家クラブ賞(現在の日本推理作家協会賞)を受けました。
その後も『復員殺人事件』や『明治開化 安吾捕物帖』など、謎解きの小説を書き続けています。純文学から歴史小説、評論まで手がけ、1955年に48歳で世を去りました。
書誌情報
坂口安吾をもっと読む
全作品一覧へ →似た読み味を、他の作家で
気分タグ・系譜の重なりから自動抽出。★は管理人が実読して太鼓判を押した本