現代国内 2006
神隠しの村で人が死んだ。
怪異か、殺人か。
『厭魅の如き憑くもの』三津田信三

書評

厭魅の如き憑くもの

怪異の伝承が層になって積もった村で、恐怖と論理が同時に進んでいくシリーズの第一歩

厭魅の如き憑くもの 表紙画像
三津田信三 講談社(講談社文庫)2006年
目次

戦争からそう遠くない昭和の年。山深い村に、ある怪奇幻想作家が足を踏み入れます。

三津田信三『厭魅の如き憑くもの』は、刀城言耶シリーズの第1長編にあたる作品です。舞台は神々櫛村。

谺呀治家と神櫛家という二つの旧家が微妙な関係で並び立ち、神隠しをはじめとする無数の怪異に彩られた土地です。作家がこの地を訪れてまもなく、最初の怪死事件が起こります。

本格ミステリとホラーを一つに重ねた作品で、2006年の刊行後、「本格ミステリ・ベスト10」2007年版で国内3位に選ばれました。

物語の入り口

神々櫛村。地名からして、すらすらとは読めません。

谺呀治家と神櫛家、村を二分する二つの旧家の名も同じです。かがぐし村、かがち家、かみぐし家。

ルビを頼りに一字ずつ拾っていくところから、この村との付き合いが始まります。この村には神隠しの言い伝えをはじめ、数えきれない不思議が積もっていて、二つの旧家は微妙な関係で並び立っています。

二つの家が並び立つ村に怪異が積もっているという構図だけで、読み手は身構えることになります。

そこへ、戦争からそう遠くない昭和の年、ある怪奇幻想作家が訪れます。戦後の世の中がまだ落ち着ききらない時期に、土着の風習が色濃く残る山村へ、外の人間が入っていくわけです。

怪奇幻想を書く人物が、不思議の積もった村に入る。それ自体は自然な成り行きですが、この訪問のあとに起こるのは怪談ではなく、怪死事件です。

言い伝えの中の恐怖が、現実の死体という形を取って目の前に現れる——その瞬間から、物語は本格ミステリの顔を見せ始めます。

読者は、村の外から来た作家と同じ場所に立たされます。地名も家名も人名も読みにくく、土着の風習の説明は細かく、登場人物は多い。

外の人間が村に入ったとき感じる戸惑いを、読み手はそのまま文字の上で体験することになります。この難しさは意図されたもので、村の閉じた空気を伝えるための装置です。

山深い村を覆う不穏さは、事件が起こる前から、その戸惑いの中に漂っています。怪死事件が起きたとき、読み手はもう村の外にはいません。

読みどころ

本作の核は、怪談の空気と本格の手続きが、同じ頁の上で一歩も譲らずに進んでいくところにあります。 村に積もった伝承は、怪談として読めばそれだけで怖い。

一方で怪死事件は、本格ミステリの謎として置かれています。恐怖に浸っているあいだも論理の部分は進み、論理を追っているあいだも恐怖は薄れない。

ホラーに本格を足したのではなく、両方を同じ速さで走らせているのです。ホラー作家として世に出た書き手が、その筆を手放さないまま本格へ踏み込んだ。

どちらの読み方にも手抜きがないのは、その出自あってのことでしょう。

もうひとつは、村そのものの造形です。神々櫛村は、難しい地名と家名、細かな風習、多い登場人物によって、一つの閉じた世界として立ち上がります。

神隠しの言い伝えが生きている土地の湿り気が、頁から立ちのぼってきます。文庫版に絵図と見取り図が加えられたのは、その世界の密度の証しでもあります。

地図を横に置いて、村の道を辿りながら読む。そういう手間をかける読書が、この作品には似合います。

難度は高めです。固有名詞に慣れるまでの序盤は、人物表を作りながら読むくらいでちょうどよいでしょう。

624ページという分量も、シリーズの入り口としては軽くありません。逆に、そこを越えた先で得られる没入は、軽い読み物では得られない種類のものです。

作品の背景

三津田信三が2001年に『ホラー作家の棲む家』でデビューしてから5年後に書き下ろされた『厭魅の如き憑くもの』では、ホラーで培った怪談の筆のまま、憑き物の恐怖と連続する人死にの謎を一冊のなかで同時に走らせる、本格の謎解きに踏み込んでいます。

刊行は2006年2月、原書房の叢書〈ミステリー・リーグ〉からの書き下ろしです。「本格ミステリ・ベスト10」2007年版で国内編3位。

現在は講談社文庫で読めます。2009年3月刊、624ページで、文庫版には神々櫛村の絵図と現場の見取り図が追加されました。

2015年からは電子版も配信されています。長く続く刀城言耶シリーズは、ここから歩き出しました。

手に取るなら

現在手に取るなら、講談社文庫版です。624ページ、電子版もあります。

絵図と見取り図が付いている点で、文庫版のほうが単行本より入りやすい。刀城言耶シリーズの第1長編なので、シリーズをこれから読む人はここから始めるのが順当です。

怪談を怖がる読み方と、謎を考える読み方の両方ができる人に向いています。二つの旧家が並び立つ怪異の村に、昭和の作家と一緒に足を踏み入れる——すらすら読めない名前の一つひとつが、その村の入り口です。

三津田信三について

三津田信三は1962年、奈良県の生まれです。高野山大学文学部を卒業し、出版社で編集者として働いたのち、2001年に『ホラー作家の棲む家』でデビューしました。

出発点はホラーの側にあり、作者と同じ名の作家が登場する作家三部作では、怪談にメタ的な仕掛けを組み合わせています。

2006年の『厭魅の如き憑くもの』に始まる刀城言耶シリーズでは、怪奇幻想小説を書く作家の刀城言耶が、土地に伝わる怪異と絡み合う事件に向き合います。最後まで読まないと推理小説なのか怪異譚なのか分からない構えを持ち味とし、2010年に『水魑の如き沈むもの』で第10回本格ミステリ大賞の小説部門を受けました。

書誌情報

出版社
講談社 / 講談社文庫
刊行年
2006
ISBN-13
9784062763066
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物

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リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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