それでも毒殺された。
キッド・ピストルズの冒瀆
名探偵が実在するパラレル英国で、パンク刑事キッド・ピストルズが事件を解く第一短編集。
五十年のあいだ、一歩も家の外へ出なかった老婆がいます。その老婆が、毒で殺されました。
閉じこもった暮らしのどこから、毒は入り込んだのか。その問いを抱えた事件が、山口雅也『キッド・ピストルズの冒瀆』には収められています。
舞台は、名探偵が実在するパラレル英国。そこで推理を冴えわたらせるのは、パンク刑事キッド・ピストルズです。
著者にとって初めての短編集であり、シリーズの幕開けを告げる一作でもあります。
物語の入り口
舞台は英国です。ただし、現実の英国ではありません。
名探偵が実在するパラレル英国。探偵小説の頁の上で活躍してきたような名探偵たちが、この国では現に存在している、という設定です。
そこで事件に向き合うのが、パンク刑事キッド・ピストルズです。名探偵が実在する国で、パンクの刑事が推理を冴えさせる。
この取り合わせだけで、見慣れた英国ミステリの風景が少しずれて見えてきます。
収められた事件から、いくつかを並べてみます。五十年間、家から一歩も出なかった老婆は、いかにして毒殺されたのか。
動物園の園長が死に際に残した伝言は、何を意味するのか。ほかに、「曲がった犯罪」と、レゲエ・バンドの見立て殺人を描く「パンキー・レゲエ殺人」も収められています。
外へ出ない老婆のもとへ、毒はどうやって届いたのか。死にゆく園長の伝言は、誰に向けて何を告げているのか。
どちらも一行で状況が呑み込める、古くからある不可能と暗号の問いです。そこへ、レゲエ・バンドを舞台にした見立て殺人の「パンキー・レゲエ殺人」と、「曲がった犯罪」が加わる。
古典的な謎の型が、パラレル英国という見慣れない舞台にずらりと並ぶわけです。
読者はパンク刑事の隣に立ち、一編ごとに新しい問いを手渡されていきます。老婆の家、動物園、レゲエ・バンド——事件の場所も顔ぶれもばらばらで、次の頁でどの扉が開くのかはわかりません。
読みどころ
読みどころは、古風で正統な謎を、パンク刑事が解いてみせる落差にあります。
家から出ない老婆の毒殺、死に際の伝言、見立て殺人。いずれも、本格ミステリが古くから磨いてきた型の謎です。
その型を、名探偵が実在するパラレル英国に置き、パンク刑事に解かせる。正統と逸脱が一つの画面に同居していて、その取り合わせの妙が短編集の色になっています。
毒殺の手段を問う不可能の謎、死に際の言葉を読み解く謎、見立ての謎と、型の違う問いが並ぶぶん、一編ごとに頭の使いどころが変わるのも楽しいところです。
もうひとつは文章です。翻訳小説のように乾いていて、リズムがある。
英国を舞台に日本の作家が書いた作品で、この乾いた運びが、パラレル英国という舞台を絵空事に見せない支えになっています。気取りすぎず、重くもならない筆致が、一編ずつの謎を軽やかに運んでいきます。
シリーズの出発点としての重みも見逃せません。「このミステリーがすごい!」1993年版の国内8位、そして第2作での日本推理作家協会賞と吉川英治文学新人賞の候補入り——キッド・ピストルズの評価は、この第一短編集から積み上がっていきました。
パンク刑事という破天荒な看板が、一度きりの思いつきで終わらずに5冊の連なりへ育った。その最初の一歩に立ち会えるのは、第1作を手に取る読者だけの特権です。
こんな人におすすめ
一編ずつ謎と解決を味わう、短い本格が好きな読者に向きます。ダイイング・メッセージや見立て殺人といった型そのものを愛する人なら、老婆の毒殺と園長の伝言という二つの問いを聞いただけで落ち着かなくなるでしょう。
英国ミステリに親しんできた人ほど、名探偵が実在するという設定にくすぐられるはずです。逆に、一つの事件に腰を据えて浸る長い読書を求める人には、軽やかに映るかもしれません。
作品の背景
『キッド・ピストルズの冒瀆』が刊行されたのは、1991年12月です。1989年のデビュー作『生ける屍の死』から2年後のことで、山口雅也にとって最初の短編集にあたります。
「このミステリーがすごい!」1993年版では国内8位に入りました。
シリーズはここから始まり、以後5冊まで続きます。第2作『キッド・ピストルズの妄想』は1994年、第47回日本推理作家協会賞の短編および連作短編集部門と、第15回吉川英治文学新人賞の候補に挙がりました。
手に取るなら
現在手に取るなら、2018年9月刊の光文社文庫・改訂新版です。電子書籍でも配信されています。
光文社のサイトでは題名が「冒涜」と新しい字体で表記されているので、検索するときはどちらの字でも試すとよいでしょう。キッド・ピストルズシリーズの第1作なので、読む順を気にするならここが出発点です。
第2作『キッド・ピストルズの妄想』へ進む前に、五十年閉じこもった老婆の謎から、この奇妙な英国へ足を踏み入れるのが順当な道筋です。
山口雅也について
山口雅也は1954年、神奈川県横須賀市に生まれました。早稲田大学法学部に学び、ワセダミステリクラブに所属して、在学中からミステリの評論やエッセイを書いていました。
1989年、東京創元社の叢書〈鮎川哲也と十三の謎〉の一冊『生ける屍の死』でデビューします。
1991年の『キッド・ピストルズの冒瀆』に始まるシリーズでは、名探偵が実在するパラレル英国を舞台に、パンク刑事キッド・ピストルズが事件を解きます。1995年には『日本殺人事件』で第48回日本推理作家協会賞(短編および連作短編集部門)を受賞しました。
作品ごとに題材も舞台も大きく変える書き手で、ミステリ関連の古書や映画のコレクターとしても知られ、2019年からは翻訳叢書「奇想天外の本棚」の製作総指揮を務めています。
書誌情報
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