戦争が終わってもまた。
首無の如き祟るもの
奥多摩の因習の村で、戦中と戦後をまたぐ首無し殺人の謎を追う大作
「“首無”が歩き回ると人が死ぬ」。そういう言い伝えのある村で、本当に人が死んだとき、それは祟りなのでしょうか。
三津田信三『首無の如き祟るもの』は、この問いを戦中から戦後まで引きずり続ける長編です。舞台は奥多摩の山村、媛首村。
淡首様や首無の化物など、古くからの怪異の伝承が色濃く残る土地で、三つに分かれた旧家・秘守一族のうち、一守家の双児の十三夜参りの日から惨劇が始まります。2007年に刊行され、「本格ミステリ・ベスト10」2008年版で国内2位、「東西ミステリーベスト100」2012年版でも国内62位に入った、刀城言耶シリーズの一作です。
物語の入り口
媛首村は奥多摩の山中にあります。淡首様、そして首無の化物。
土地に伝わる怪異の名前が、まず読み手の前に並びます。「“首無”が歩き回ると人が死ぬ」という言い伝えは、この村では冗談ではなく、暮らしの一部として受け止められています。
そういう場所に、三つに分かれた旧家があります。秘守一族。
三つの家は一守家をはじめとする名で呼び分けられ、村の中で長く並び立ってきました。
惨劇の始まりは、一守家の双児の十三夜参りの日です。怪異の伝承が色濃い村で、旧家が執り行う儀式の日——そこから、戦中と戦後にまたがる首無し殺人の謎が動き出します。
双児のための儀式の一日が、惨劇の起点として物語に刻まれるのです。
読者に求められるのは、覚える量の多さへの覚悟です。三つに分かれた旧家の系図、十三夜参りをはじめとする儀式の段取り、村に伝わる怪異の呼び名。
序盤で頭に入れる情報は多く、系図に何度も戻りながら読むことになります。ただ、その手間は物語の外にあるのではなく、物語の一部です。
因習の郷の複雑さを、外から来た者の目で体験する。読みにくさそのものが、媛首村という土地の手ざわりになっています。
読みどころ
本作の核は、怪異の側の語りと理詰めの解明が、戦中から戦後までの長い時間の上で並走し続けるところにあります。 首無の化物が歩き回ると人が死ぬ、という伝承は、怪談として読めばそれだけで十分に怖い。
一方で首のない死体は、本格ミステリの謎としても置かれています。祟りとして怖がる読み方と、人の企てとして考える読み方が、どちらも捨てられないまま進む。
三津田信三の作品はいつもそうですが、ここではその並走に、戦中から戦後にまたがる時間の厚みが加わっています。
もうひとつは、村の造形の密度です。淡首様と首無、三つに分かれた秘守一族、十三夜参り。
伝承と血縁と儀式が絡み合った村が、一つの閉じた世界として立ち上がります。系図を横に置き、儀式の段取りを確かめながら読む手間は、その世界に入るための入場料のようなものです。
向き不向きははっきりしています。怪異の描写は濃く、首のない死体という題材は生々しい。
怪談の湿った空気が苦手な人には、読み進めるのがつらいでしょう。逆に、怖がりながら考える読書を好む人には、これ以上ないほど濃い体験になります。
作品の背景
本書は2007年5月、原書房の叢書〈ミステリー・リーグ〉から書き下ろしで刊行されました。『厭魅の如き憑くもの』に続く、シリーズの第2作です。
評価は高く、翌2008年に第61回日本推理作家協会賞の長編および連作短編集部門と、第8回本格ミステリ大賞の小説部門で候補になりました。ランキングでは「本格ミステリ・ベスト10」2008年版の国内編2位、『ミステリが読みたい!』2008年版の国内3位、「このミステリーがすごい!」の国内5位、「週刊文春ミステリーベスト10」2007年の国内部門5位。
さらに「東西ミステリーベスト100」2012年版で国内編第62位と、刊行から年月を経ても順位を保っています。現行版は講談社文庫で、640ページ、2014年から電子版もあります。
解説は柄刀一、装画は村田修です。
手に取るなら
現在手に取るなら、講談社文庫版です。640ページ、電子版もあります。
柄刀一の解説が付いているのも文庫版の利点です。刀城言耶シリーズの一作ですが、シリーズを知らないまま本作から入っても、媛首村の物語はそれ自体で成立します。
むしろ、各種ランキングで高く評価された作品から入るのは、シリーズの水準を知るうえで理にかなった選び方です。系図を確かめる手間と、怪異の濃さを引き受ける覚悟のある人に。
「“首無”が歩き回ると人が死ぬ」——その言い伝えを胸に、奥多摩の山道を媛首村へ向かってください。
三津田信三について
三津田信三は1962年、奈良県の生まれです。高野山大学文学部を卒業し、出版社で編集者として働いたのち、2001年に『ホラー作家の棲む家』でデビューしました。
出発点はホラーの側にあり、作者と同じ名の作家が登場する作家三部作では、怪談にメタ的な仕掛けを組み合わせています。
2006年の『厭魅の如き憑くもの』に始まる刀城言耶シリーズでは、怪奇幻想小説を書く作家の刀城言耶が、土地に伝わる怪異と絡み合う事件に向き合います。最後まで読まないと推理小説なのか怪異譚なのか分からない構えを持ち味とし、2010年に『水魑の如き沈むもの』で第10回本格ミステリ大賞の小説部門を受けました。
書誌情報
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