現代国内 2008
山中の一軒家から、
一家がまるごと消えた。
『山魔の如き嗤うもの』三津田信三

書評

山魔の如き嗤うもの

忌み山の怪異と恐怖の体験から、そのまま謎解きへ地続きで運ばれていきます

山魔の如き嗤うもの 表紙画像
三津田信三 講談社(講談社文庫)2008年
目次

探偵が村に乗り込んで謎を解く、という始まり方ではありません。刀城言耶のもとに届いたのは、一通の原稿でした。

三津田信三『山魔の如き嗤うもの』は、山村の風習である初戸の「成人参り」で、恐るべき禁忌の地に迷い込んだ人物の怪異と恐怖の体験を綴った原稿から幕を開ける、刀城言耶シリーズの第四長編です。「“忌み山”を夜歩くと“山魔”が出る」。

忌み山で続発する無気味な現象、正体不明の山魔、山中の怪屋からの一家消失、童唄に纏わる連続見立て殺人。2008年の刊行後、「本格ミステリ・ベスト10」2009年版で国内1位に選ばれました。

物語の入り口

原稿に綴られているのは、初戸の「成人参り」にまつわる出来事です。初戸は「はど」と読む山村の風習で、成人参りはその一環にあたります。

その参りの途中で、ある人物が恐るべき禁忌の地に迷い込みました。そこで味わった怪異と恐怖の体験が、原稿の中身です。

探偵が動き出す前に、山の奥の気配が紙の上から届く。読み手は刀城言耶と一緒に、その原稿を開くことになります。

その山は「忌み山」と呼ばれています。夜に歩くと「山魔」が出る、と土地の人は言います。

山魔は「やまんま」と読みます。忌み山では無気味な謎の現象が続発し、正体不明の山魔が取り沙汰されている。

そして山中の奇っ怪な一軒家から、一家がまるごと消えるという出来事が起こります。さらに、童唄に纏わる連続見立て殺人。

山の恐怖、家からの消失、唄をなぞる殺人という三つの不可解が、同じ土地の上に重なっていきます。

入り口の独特さは、恐怖の質に表れます。探偵が村に入って外から観察して回る話として始まるのではなく、禁忌の地に迷い込んだ人物の怪異と恐怖の体験から始まる。

何が出るか分からない夜の山道の気配が、謎より先に差し出されます。その恐怖が、やがて謎解きへと地続きに運ばれていく。

怪談を読んでいたはずが、いつのまにか本格ミステリを読んでいる——その移り方が、この作品の入り口の感触です。

読みどころ

本作の醍醐味は、山の中で味わった恐怖が、そのまま謎解きの材料として最後にきちんと数え直されるところにあります。 忌み山の現象、一家消失、童唄の見立て。

起きたことは怪談として放置されず、一つひとつ説明を求められます。恐怖の描写がどれほど濃くても、本格ミステリとしての手続きは省かれない。

怪異の気配に身をすくめた場面ほど、あとで理屈の側から照らし直されるときの手応えが大きくなります。

もうひとつは、三つの謎の重なり方です。山魔という正体不明の存在、怪屋からの人間消失、童唄に纏わる殺人。

それぞれ単独でも一作を支えられる題材が、同じ山村に集められています。ホラーの読者は山魔に、不可能犯罪の読者は消失に、見立ての読者は童唄に、それぞれ目を引かれるはずです。

どこから入っても、他の二つに引きずり込まれる作りになっています。

覚悟が要るのは、恐怖の濃さと分量です。576ページを、夜の山の暗さとともに読み通すことになります。

怪談の筆と本格の筆——三津田信三の二つの顔が、その長さのあいだ、ずっと同時に働き続けます。怪談の空気が苦手な人には勧めにくい。

逆に、怖がることと考えることを同時にやりたい人には、シリーズの中でも特に応えてくれる作品です。

作品の背景

『山魔の如き嗤うもの』は、2010年に第10回本格ミステリ大賞の小説部門を受けた『水魑の如き沈むもの』の一つ前に書かれた長編です。刊行は2008年、原書房の叢書〈ミステリー・リーグ〉への書き下ろしです。

「本格ミステリ・ベスト10」2009年版の国内部門で第1位。ほかに第9回本格ミステリ大賞の小説部門候補、『ミステリが読みたい!』2009年版の国内2位、「このミステリーがすごい!」の国内8位、「週刊文春ミステリーベスト10」2008年の国内部門7位と、その年の評価を総なめにしています。

現行版は講談社文庫で、2011年5月刊、576ページ、2014年から電子版もあります。解説は芦辺拓、装画は村田修です。

手に取るなら

現在手に取るなら、講談社文庫版です。576ページ、電子版もあります。

刀城言耶シリーズの四作目ですが、語りの入り口が独特なため、途中から読み始めても入りやすい。前の巻を読んでいないと分からない場面はほとんどありません。

「本格ミステリ・ベスト10」で第1位に選ばれた巻でもあり、シリーズの評価を確かめたい人の入り口としても筋が通っています。夜の忌み山には、山魔が出る。

その言い伝えの残る山での体験を綴った原稿を、刀城言耶と一緒に開くところから、この物語は始まります。

三津田信三について

三津田信三は1962年、奈良県の生まれです。高野山大学文学部を卒業し、出版社で編集者として働いたのち、2001年に『ホラー作家の棲む家』でデビューしました。

出発点はホラーの側にあり、作者と同じ名の作家が登場する作家三部作では、怪談にメタ的な仕掛けを組み合わせています。

2006年の『厭魅の如き憑くもの』に始まる刀城言耶シリーズでは、怪奇幻想小説を書く作家の刀城言耶が、土地に伝わる怪異と絡み合う事件に向き合います。最後まで読まないと推理小説なのか怪異譚なのか分からない構えを持ち味とし、2010年に『水魑の如き沈むもの』で第10回本格ミステリ大賞の小説部門を受けました。

書誌情報

出版社
講談社 / 講談社文庫
刊行年
2008
ISBN-13
9784062769181
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物
受賞歴

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リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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