魔偶の如き齎すもの
福と禍を齎す土偶〈魔偶〉を軸に、若き刀城言耶と祖父江偲の出会いも描く第三短編集。
持ち主に福をもたらすのか、それとも禍をもたらすのか。奇妙な文様が刻まれた土偶〈魔偶〉をめぐる表題作を軸に、若き日の刀城言耶が向き合った怪事件を集めた短編集です。
三津田信三の刀城言耶シリーズでは、3冊目の短編集にあたります。
物語の入り口
表題作で言耶が訪ねるのは、旧家の宝亀家。目当ては、所有する者に福と禍を齎すと伝わる魔偶を、自分の目で確かめることでした。
ところが屋敷にはすでに何人もの客が集まっていて、当主と言耶が話し込んでいるあいだに、彼らは魔偶を収めた"卍堂"へと次々に足を向けていきます。いわくつきの土偶と、それに引き寄せられるように動きだす人々。
魔偶がこの家に齎すのは福なのか禍なのかという問いが、物語を先へ先へと引っぱっていきます。
この表題作は、言耶が担当編集者となる祖父江偲と出会う一編でもあります。原稿の依頼にやって来た偲が魔偶の話を持ち込んだことが、宝亀家へ向かうきっかけになります。
ほかの収録作より長めの分量があり、本書の中心にふさわしい読みごたえです。
読みどころ
表題作以外の3編も、入り口の設定からして不穏です。「妖服の如き切るもの」は、急な坂の上と下に建つ砂村家の二軒と、仲違いした兄弟の話。
そこに、服の形をした怪異〈妖服〉が影を落とします。「巫死の如き甦るもの」では、復員してから人が変わった男が、村のなかに塀で囲った自分だけの集落をつくり、その内側には不死をめぐる話がまつわっています。
言耶に相談を持ちかけるのは、この男の妹です。「獣家の如き吸うもの」は、山中に建つ、獣の像で飾られた奇妙な家をめぐって、いくつもの体験談が語られていく一編です。
いずれも戦後まもない、戦争の傷跡がまだ残る時代の話です。とりわけ「巫死の如き甦るもの」の、戦地から戻って変わってしまった男の姿には、怪異とは別の生々しい重さがあります。
本格ミステリとホラーを融合させたシリーズの持ち味が、時代の空気と結びついて、各編にそれぞれ違った陰影を与えています。
こんな人におすすめ
坂の上下に分かれた二軒の家、塀に囲われた集落、獣の像に飾られた家と、舞台そのものが怪談めいている短編を味わいたい人には、うってつけの一冊です。言耶と祖父江偲がどのように知り合ったのか気になる読者にとっても、表題作は外せません。
1編ずつ独立して読める短編集なので、長編に取りかかる前に、シリーズの手ざわりを確かめる入り口としても使えます。
作品の背景
本書は2019年7月、講談社から単行本として刊行されました。『厭魅の如き憑くもの』以来、刀城言耶シリーズの単行本はずっと原書房から出ており、講談社から単行本のかたちで送り出されたのは本書が初めてです。
装画はシリーズの装画を手がけてきた村田修。のちの文庫化にあたって、2012年9月刊の講談社ノベルス『ついてくるもの』に収められていた「椅人の如き座るもの」が加わりました。
手に取るなら
単行本と文庫とで収録作の数が違う点には、気をつけておきたいところです。2022年6月15日に出た講談社文庫版は、単行本の4編に「椅人の如き座るもの」を加えた全5編。
これから読むなら、文庫版を選んでおけば取りこぼしがありません。
三津田信三について
三津田信三は1962年、奈良県の生まれです。高野山大学文学部を卒業し、出版社で編集者として働いたのち、2001年に『ホラー作家の棲む家』でデビューしました。
出発点はホラーの側にあり、作者と同じ名の作家が登場する作家三部作では、怪談にメタ的な仕掛けを組み合わせています。
2006年の『厭魅の如き憑くもの』に始まる刀城言耶シリーズでは、怪奇幻想小説を書く作家の刀城言耶が、土地に伝わる怪異と絡み合う事件に向き合います。最後まで読まないと推理小説なのか怪異譚なのか分からない構えを持ち味とし、2010年に『水魑の如き沈むもの』で第10回本格ミステリ大賞の小説部門を受けました。
書誌情報
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