迷路の社に死体が出た。
寿ぐ嫁首 怪民研に於ける記録と推理
屋敷神の祟りを避けて歪められた婚礼の夜、巨大迷路の社で死体が見つかる怪異民俗ミステリ。
花嫁行列の後ろを、花嫁姿のような人影がついてきます。婚礼の夜、「嫁首様」に見つかってはいけない——三津田信三『寿ぐ嫁首 怪民研に於ける記録と推理』は、その禁忌をめぐるホラーミステリの長編です。
大学生の瞳星愛は、友人の皿来唄子に誘われて、彼女の実家で行われる婚礼に参加します。「山神様のお告げ」で決まったというその婚姻は、皿来家の屋敷神「嫁首様」の祟りを避けるため、結婚相手から儀礼に至るまで何もかもが風変りな趣向で固められていました。
2025年にKADOKAWAから刊行され、「ミステリが読みたい!」2026年版の国内7位に入っています。
物語の入り口
怪民研とは、無明大学に置かれた怪異民俗学研究室の通称で、その主が、作家であり民俗学の研究者でもある刀城言耶です。「怪民研に於ける記録と推理」のシリーズは、研究室に出入りする若い面々の側から怪異を見上げる作りになっています。
瞳星愛は大学生で、怪民研に出入りする一人です。これまで、言耶の助手にして素人探偵の天弓馬人とともに、数々の怪異譚の謎に挑んできました。
今回の舞台は、友人の皿来唄子の実家。そこで祝いの席が設けられるというので、愛は誘われて参加します。
ただし、普通の祝言ではありません。皿来家には「嫁首様」という屋敷神があり、その祟りを避けなければならない。
婚姻そのものが「山神様のお告げ」で決まったもので、結婚相手の選び方から儀礼の一つひとつまで、何もかもが風変りな趣向で組まれています。外から来た愛の目には、その一つひとつが不可解に映るはずです。
ところが皿来家の内側では、それらはすべて筋の通った約束事として動いている。屋敷神、お告げ、祟りを避けるための儀礼。
民俗の決まりごとが持つ、外から見れば不合理で内側では整合しているという二重性が、この物語の最初の手ざわりです。
婚礼の夜、花嫁行列に加わった愛は、行列の後ろをついてくる花嫁姿のような怪しい人影を目撃します。見つかってはいけない、と言われていた嫁首様。
それが本当に来たのか。そして披露宴を迎えようという矢先、嫁首様を祀る巨大迷路のような「迷宮社」の中で、奇怪な死体が発見されます。
愛は皿来家分家の四郎とともに、この事件の謎解きに挑むことになります。これまで天弓馬人と怪異譚に挑んできた愛にとって、今回並び立つのは皿来家の分家に連なる者です。
一族の側の人間と、外から招かれた客。立場の違う二人が、同じ謎に向き合います。
読者は、婚礼という限られた時間と場所の中に、愛と一緒に閉じ込められます。
読みどころ
本作の醍醐味は、婚礼という一夜の枠の中に、民俗の不気味さと謎解きの手続きがぎっしり詰め込まれているところにあります。 出来事はその一夜と皿来家の敷地に集中していて、舞台が散らばりません。
祟りを避けるための風変りな儀礼、行列の後ろの人影、迷宮のような社、そこで見つかる死体。ホラーの道具立てが並んでいながら、それぞれが謎の条件としても働いています。
怪談として怖がりながら、推理小説として考える。三津田信三の物語ではいつもそうですが、婚礼という祝いの場でそれが起きるところに、この長編の特別な不気味さがあります。
もうひとつは、視点の置き方です。名探偵・刀城言耶の物語ではなく、研究室に出入りする若い面々の側から怪異を見上げる。
愛は探偵ではなく、招かれた客として現場にいます。祟りの約束事を外から眺め、内側の筋道を少しずつ理解していく過程が、そのまま読者の理解の過程と重なります。
名探偵の視点で上から見下ろすのとは違う、手探りの恐怖がここにはあります。
民俗の決まりごとを丁寧に追う作りなので、細部を読み飛ばすと、怪異の輪郭も謎の条件も一緒に見失います。祝いの席の不穏さをじっくり味わう覚悟のある人に向いています。
作品の背景
本書は、刀城言耶を探偵役にした連作から視点をずらしたシリーズ「怪民研に於ける記録と推理」の第2弾です。第1弾に『歩く亡者 怪民研に於ける記録と推理』があります。
『寿ぐ嫁首』は2025年6月26日にKADOKAWAから四六判424ページで刊行され、同じ日に電子版も配信されました。「ミステリが読みたい!」2026年版で国内編7位。
手に取るなら
現在手に取るなら、KADOKAWAの単行本か、同日配信の電子版です。「怪民研に於ける記録と推理」シリーズの第2弾ですが、皿来家の事件はこの巻の中で完結しており、第1弾を読んでいなくても入っていけます。
刀城言耶の連作を読んできた人には、視点を変えた同じ世界として楽しめるでしょう。婚礼の夜、嫁首様に見つかってはいけない——その禁忌を心に留めて、花嫁行列の最後尾に並んでみてください。
三津田信三について
三津田信三は1962年、奈良県の生まれです。高野山大学文学部を卒業し、出版社で編集者として働いたのち、2001年に『ホラー作家の棲む家』でデビューしました。
出発点はホラーの側にあり、作者と同じ名の作家が登場する作家三部作では、怪談にメタ的な仕掛けを組み合わせています。
2006年の『厭魅の如き憑くもの』に始まる刀城言耶シリーズでは、怪奇幻想小説を書く作家の刀城言耶が、土地に伝わる怪異と絡み合う事件に向き合います。最後まで読まないと推理小説なのか怪異譚なのか分からない構えを持ち味とし、2010年に『水魑の如き沈むもの』で第10回本格ミステリ大賞の小説部門を受けました。
書誌情報
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