現代国内 2001
殺された女の口に紙片。
陰にゲームの怪物がいる。
『絶叫城殺人事件』有栖川有栖

書評

絶叫城殺人事件

六つの建物に潜む不穏な謎を、火村とアリスの推理で一編ずつ味わう。

目次

六つの建物に、六つの事件。臨床犯罪学者・火村英生と、ミステリ作家・有栖川有栖が、黒鳥亭、壺中庵、月宮殿、雪華楼、紅雨荘、そして絶叫城と、印象的な名を持つ建物を一つずつ訪ねて事件に向き合うのが、短編集『絶叫城殺人事件』です。

表題作では、「NIGHT PROWLER(夜、うろつく者)」と記された小さな紙片を口の中に押し込まれ、若い女性が次々と殺害される。その残酷な無差別殺人事件の陰には、カルトなホラー・ゲームに登場するヴァーチャルな怪物がいる。

『本格ミステリ・ベスト10』2002年版の国内部門で第8位に入った、火村英生シリーズの一冊です。

物語の入り口

六つの建物があります。黒鳥亭、壺中庵、月宮殿、雪華楼、紅雨荘、絶叫城。

どれも、名前を聞いただけで、何かが起きそうな気配を帯びています。鳥、壺、月、雪、雨と、名に織り込まれた字面だけでも、六つの建物はそれぞれ違う影をまとっています。

そのそれぞれで、火村とアリスは事件に向き合います。館というものが持つ閉ざされた気配を、六通りに味わえる構成です。

表題作の発端は、こうです。若い女性が、次々と殺害される。

口の中には、「NIGHT PROWLER(夜、うろつく者)」と記された小さな紙片が押し込まれている。残酷な、無差別殺人事件。

そしてその陰には、カルトなホラー・ゲームに登場する、ヴァーチャルな怪物がいました。ゲームのなかの怪物と、現実の連続殺人。

二つがどうつながるのか、あるいはつながらないのか。その問いを抱えて、火村とアリスは暗鬱の「絶叫城」に踏み込みます。

読者は、六つの建物の扉を、一つずつ開けていくことになります。一編ごとに、舞台が変わり、事件が変わる。

暗い景色と、端正な推理。短い物語のなかで、その二つが鮮やかに交差します。

各編に建物の名が一つずつ冠されていますから、一日に一館ずつ扉を開けていく読み方もできます。

館という言葉が、この短編集の鍵です。閉ざされた建物、その内側で起きる事件、そこに立つ探偵。

本格ミステリのもっとも古典的な構図が、六つの建物で六度、繰り返されます。しかもその建物はどれも、昏い。

怪奇と幻想の香りが、論理の端正さと同居している。火村英生シリーズの短編集のなかでも、その同居がとりわけ濃い一冊です。

読みどころ

名前だけで一つの世界を立ち上げる建物と、その暗がりに踏み込む火村の論理。この取り合わせを、六通りに味わえます。

黒鳥亭、壺中庵、月宮殿、雪華楼、紅雨荘、絶叫城。どの名も、事件が起こる前から景色の色を決めてしまっています。

怪奇の気配は濃いのに、解決はあくまで論理による。その落差が、一編ごとに味わえます。

六度繰り返しても、飽きることがありません。

もうひとつは、表題作です。ホラー・ゲームの怪物と、現実の無差別殺人。

現代的な道具立てを、論理派本格の書き手がどう扱うのか。2016年の連続ドラマで第1話に用いられたのも、この表題作です。

紙片に記された英語の一句と、画面の中にしかいないはずの怪物。発端に並ぶ二つの道具立てが、暗鬱な城の名とよく響き合っています。

こんな人におすすめ

怪奇と幻想の香りを好む読者、一編ずつ区切って読める短編集を求める読者に向いています。建物の名が並ぶ目次を眺めて、どの館から読み始めようかと迷う楽しみもあります。

火村英生シリーズを追ってきた人には、二人が六つの館を渡り歩く趣向そのものが楽しみになるでしょうし、ドラマ版から入った人が原作に触れる最初の一冊としても最適です。逆に、長編の重量感を求める気分のときには、六つの短い迷宮は少し軽く感じられるかもしれません。

軽いのは長さだけです。密度は、長編に引けを取りません。

作品の背景

本作は2001年に新潮社から刊行され、『本格ミステリ・ベスト10』2002年版の国内部門で第8位に入りました。2004年に新潮文庫に入り、電子書籍でも読めます。

2016年の連続ドラマ『臨床犯罪学者 火村英生の推理』は斉藤工と窪田正孝の主演で、その第1話に、本作の表題作「絶叫城殺人事件」が用いられました。火村英生シリーズそのものは、吉川英治文庫賞を受賞しています。

手に取るなら

現行版は新潮文庫で、電子書籍でも読めます。火村英生シリーズの短編集ですが、一編ずつ読めますから、ここから入っても問題ありません。

まずは表題作から。そのあとは黒鳥亭から紅雨荘まで、残る建物の扉を順に開けてみてください。

夜に読むと、建物の名がいっそう効きます。

有栖川有栖について

有栖川有栖は1959年、大阪市の生まれです。小学生のころから推理作家を志し、同志社大学法学部では推理小説研究会に所属しました。

卒業後は書店に勤めながら書き続け、1989年に『月光ゲーム Yの悲劇'88』でデビューします。1994年に書店を辞め、専業作家になりました。

作品は大きく二つの系列に分かれます。江神二郎が探偵役を務める学生アリスのシリーズと、臨床犯罪学者の火村英生と推理作家の有栖川有栖が組む作家アリスのシリーズです。

2003年に『マレー鉄道の謎』で第56回日本推理作家協会賞、2008年に『女王国の城』で第8回本格ミステリ大賞、2018年に火村英生シリーズで第3回吉川英治文庫賞、2022年に第26回日本ミステリー文学大賞を受けました。2000年から2005年までは本格ミステリ作家クラブの初代会長も務めています。

書誌情報

出版社
新潮社
刊行年
2001
ISBN-13
9784101204338
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物 · 連作短編
受賞歴

有栖川有栖をもっと読む

全作品一覧へ →

似た読み味を、他の作家で

気分タグ・系譜の重なりから自動抽出。★は管理人が実読して太鼓判を押した本

この記事を書いた人

リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

プロフィールを見る →