現代国内 2012
虚像の道化師
『虚像の道化師』東野圭吾

書評

虚像の道化師

念力やテレパシーめいた怪現象の裏側を、湯川が科学の筋道で解き明かす7編

虚像の道化師 表紙画像
東野圭吾 文藝春秋(文春文庫)2012年
目次

念を送っただけで信者を窓から落としたと言い張る教祖。客の鞄の中身を次々と言い当てる銀座のホステス。

自分の耳にだけ届く、正体の知れない音。どれも聞いたそばから「そんなはずはない」と言い返したくなる話ばかりです。

そうした不思議の数々に、物理学者・湯川学が正面から向き合っていく。それがガリレオシリーズの短編集である本作です。

物語の入り口

幕開けを飾る「幻惑す」の舞台は、新興宗教の拠点が入ったビルの5階。その窓から、信者の男が転落して命を落とします。

その場に居合わせた人たちは、男が自分から外へ飛び出していったと口をそろえます。ところが教祖は、相手には指一本触れていない、念を送って突き落としたのはこの自分だ、と名乗り出るのです。

ほかの編でも、事件の発端はそれぞれに奇妙です。「心聴る」で描かれるのは、ほかの誰にも聞こえない音に悩まされる人。

選手としての限界に直面したプロ野球選手が登場する話もあれば、遠く離れて暮らす双子の姉妹のあいだで、テレパシーとしか呼びようのない何かが通い合う話もあります。湯川はそのひとつひとつについて、現象の裏で実際に何が起きていたのかを、科学の筋道に沿って解き明かしていきます。

読みどころ

超常の力としか思えない出来事に、あくまで理屈で迫っていく。その手つきを7編続けて味わえることが、本作のいちばんの魅力です。

念力、透視、自分にしか聞こえない音、双子のテレパシー。並んだ題材だけを見れば、怪奇譚の棚に置かれていてもおかしくありません。

それを物理学者が一つずつ地に足のついた説明へと引き戻していく。その過程こそが、このシリーズならではの謎解きの手触りです。

不思議が大きいほど、それが解きほぐされたときの落差も大きくなります。読みながら「さすがにこれは説明がつかないだろう」と思わされ、それでも筋の通った答えが差し出される。

その繰り返しが、一編読み終えるたびに次の扉を開けたくなる推進力になっています。

扱われる世界の幅広さも見逃せません。新興宗教の拠点、銀座の夜の店、プロ野球の現場、離れて暮らす姉妹の家。

不思議が起きる場所が一編ごとにがらりと変わるので、同じ探偵役の話が続いても、毎回ちがう扉を開けるような新鮮さがあります。

こんな人におすすめ

オカルトめいた話題に心をくすぐられながらも、最後には腑に落ちる答えを読みたい人に向いています。一編ずつ独立した話なので、まとまった時間が取れない日に少しずつ読み進めるのにも具合がいい一冊です。

ドラマを入口にシリーズを知った人が、原作の短編をまとめて味わうのにも適しています。

作品の背景

最初に世に出たのは、2012年8月に文藝春秋から刊行された単行本『虚像の道化師 ガリレオ7』で、このときの収録は4編でした。2015年3月に文春文庫へ入る際、続く単行本『禁断の魔術 ガリレオ8』から「透視す」「曲球る」「念波る」の3編が移され、題名も『虚像の道化師』と改められて、7編を収める現在の形になっています。

福山雅治が湯川を演じるドラマ『ガリレオ』でも、収録作は映像化されました。2013年の第2シリーズで取り上げられた話が含まれています。

手に取るなら

7編がそろった形で読めるのは文春文庫版です。単行本で4編だった中身に、のちに加わった3編までが一冊に収まっているので、これから読む人はこの版を選べば取りこぼしがありません。

東野圭吾について

東野圭吾は1958年、大阪市生野区の生まれです。大阪府立大学工学部電気工学科を卒業し、日本電装(現デンソー)の技術者として働きながら推理小説を書き、1985年に『放課後』で第31回江戸川乱歩賞を受けてデビューしました。

翌年に会社を辞めて上京し、専業作家になっています。

長く大きな話題作に恵まれない時期が続きましたが、1998年の『秘密』が広く読まれ、翌年の第52回日本推理作家協会賞(長編部門)を受賞しました。2006年には『容疑者Xの献身』で第134回直木賞と第6回本格ミステリ大賞を受けました。

刑事・加賀恭一郎と物理学者・湯川学のシリーズを軸に、学園もの、本格の謎解き、サスペンス、ミステリの約束事を笑うパロディまで幅広く書き、2023年には著作の国内累計発行部数が1億部を超えています。同じ年に菊池寛賞、2024年に日本ミステリー文学大賞を受け、2026年7月に68歳で亡くなりました。

書誌情報

出版社
文藝春秋 / 文春文庫
刊行年
2012
ISBN-13
9784167903114
系譜
現代国内 / シリーズ探偵物 · 連作短編

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リットン

都内金融機関で経営企画とデータアナリストをしているアラサー。
文系の非エンジニアですが、独学で始めた Python と生成AIにすっかりはまりました。
プログラミング・サッカー・ミステリ紹介など、好きなことを好きに書いています。

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