虚構推理短編集 岩永琴子の出現
沼に捨てられた死体の動機に大蛇が悩む。怪異の難題に「嘘の真実」で応える5編の短編集。
沼の主である大蛇が、ひとつの死体のことで頭を抱えている。そんな奇妙な相談から幕を開けるのが『虚構推理短編集 岩永琴子の出現』です。
妖怪たちの『知恵の神』岩永琴子が、怪異の側から持ち込まれる難題を一話ずつ片づけていく5編の短編集で、虚構推理シリーズの2冊目にあたります。
物語の入り口
岩永琴子は人間でありながら、妖怪たちから相談を受ける『知恵の神』の役目を負っています。困りごとを抱えた怪異が、彼女のもとへ知恵を借りにやってくる。
この短編集は、そんな日々の仕事ぶりをのぞかせる一冊です。かたわらには、不死の身を持つ九郎の姿もあります。
巻頭の「ヌシの大蛇は聞いていた」で琴子を呼び出すのは、何百年も生きてきた水神の大蛇です。自分の棲む沼に、何者かが他殺死体を捨てていった。
誰がやったのかより、なぜわざわざこの沼を選んだのか、その動機がわからずに大蛇は悩んでいます。人ならぬものが、人の殺人の動機に首をかしげる。
この入り方ひとつで、シリーズの世界がどちらへねじれているのかが伝わってきます。
読みどころ
真相を言い当てるだけでは片づかない事件が、5つの形で並んでいます。
巻末の「幻の自販機」がわかりやすい例です。山奥で化け狸がこしらえたうどんを食べたせいで、ある殺人犯に意図しないアリバイが成り立ってしまった。
怪異の存在を表に出さずに事を収めるには、人間の側が受け入れられる筋書きを用意しなければなりません。そこで課せられるのが「嘘の真実を創れ」という、逆さまの仕事です。
正しい答えを掘り当てる推理ではなく、筋の通った虚構を組み上げる推理。シリーズの題名がそのまま、一話ごとの課題になっています。
収録作の題を眺めるだけでも、手ざわりの幅が見えてきます。「うなぎ屋の幸運日」「電撃のピノッキオ、あるいは星に願いを」「ギロチン三四郎」。
のどかな題と物騒な題が入りまじり、次はどこから怪異が顔を出すのか見当がつきません。一編ごとに相談の中身も相手も入れ替わるので、琴子が理屈を積み上げて場を収めていく運びを、何度も違う角度から味わえます。
こんな人におすすめ
化け狸や水神が当たり前にいる世界で、それでも論理の勝負を見届けたい人に向いた一冊です。一話ごとに区切りがあるので、まとまった時間が取れない日でも一編ずつ読み進められます。
アニメで琴子と九郎を知った人が、原作の文章に触れる入り口としても手ごろです。
作品の背景
5編のうち「ヌシの大蛇は聞いていた」は『メフィスト』2017 VOL.2、「電撃のピノッキオ、あるいは星に願いを」は同じく2017 VOL.3に載ったもので、残る3編は書き下ろしです。発売は2018年12月20日。
シリーズ第1作の講談社タイガ版『虚構推理』が出た2019年1月23日より、ひと月ほど早く書店に並びました。2020年1月にはテレビアニメが始まり、2023年の第2期では「電撃のピノッキオ、あるいは星に願いを」と「うなぎ屋の幸運日」も映像になっています。
手に取るなら
講談社タイガの一冊で、320ページ。本格ミステリ大賞を受けた第1作『虚構推理』を先に読んでおくと、琴子の立場や九郎との組み合わせがすんなり頭に入ります。
そのうえで、怪異たちの相談事が次々に持ち込まれるこの短編集へ進むのが自然な順路です。知恵の神がどんな理屈で人と怪異のあいだを取り持つのか、その手並みを短い話の積み重ねで確かめられます。
城平京について
城平京は1974年、奈良県生まれの作家・漫画原作者です。筆名は古都・平城京のもじりで、大阪市立大学を卒業しています。
1997年、公募アンソロジー『本格推理』に短編「飢えた天使」が載り、翌1998年、第8回鮎川哲也賞の最終候補作『名探偵に薔薇を』が創元推理文庫から刊行されてデビューしました。
その後は漫画原作でも大きな仕事を重ね、『月刊少年ガンガン』に連載された『スパイラル 〜推理の絆〜』はヒットシリーズになりました。ほかに『絶園のテンペスト』の原作も手がけています。
小説では2012年、『虚構推理 鋼人七瀬』で第12回本格ミステリ大賞の小説部門を受け、同作に始まる虚構推理シリーズを書き継いでいます。
書誌情報
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