参加者が本当に攫われた。
透明人間は密室に潜む
透明人間も法廷も録音もクルーズ船も、前提だけ変えて論理で押し切る4編
透明人間が事件を起こしたら。アイドルオタクが裁判員裁判に直面したら。
犯行現場の音を細かく聞いてみたら。ミステリイベント中のクルーズ船で、参加者の拉致監禁事件が起こったら。
阿津川辰海『透明人間は密室に潜む』は、この四つの「もしも」から始まる短編集です。収録は四編。
設定も舞台も語り口もばらばらで、互いに独立しています。素材は奇抜ですが、推理の手続きは正統派です。
2020年に光文社から刊行され、本格ミステリ・ベスト10の2021年版で国内1位、「このミステリーがすごい!」で国内2位、週刊文春ミステリーベスト10で国内2位。著者の最初の短編集にして、年末ランキングを席巻した一冊です。
現在は光文社文庫で読めます。
物語の入り口
収録は四編です。「透明人間は密室に潜む」「六人の熱狂する日本人」「盗聴された殺人」「第13号船室からの脱出」。
どの編も、ひとつの「もしも」から始まります。
透明人間が事件を起こしたら。表題作の問いです。
透明人間がいる世界で、透明人間が犯人になったとき、探偵は何を手がかりにするのか。密室という古典的な舞台に、透明人間という古典的な怪物を置く。
その組み合わせが、まず目を引きます。
アイドルオタクが裁判員裁判に直面したら。「六人の熱狂する日本人」の問いです。
裁判員として法廷に座った人間が、アイドルへの熱狂を抱えたまま評議に臨む。犯行現場の音を細かく聞いてみたら。
「盗聴された殺人」の問いです。目ではなく耳で、現場を調べる。
聞こえたものだけから、何が起きたかを組み立てる。ミステリイベント中のクルーズ船で、参加者の拉致監禁事件が起こったら。
「第13号船室からの脱出」の問いです。謎解きを楽しむために集まった船で、本物の事件が起きる。
四つの問いは、どれも一行で言い切れるほど短いものです。けれども、その一行の前提が変わるだけで、確かめるべきことはがらりと入れ替わります。
見えない犯人、評議の場、耳だけで知る現場、催しの最中の船。調べる場所も、頼れる手がかりも、四編でそれぞれ違います。
読みどころ
この短編集の読みどころは、素材がどれだけ奇抜でも、推理の手続きは正統派のまま崩れないところにあります。 透明人間も、裁判員裁判も、録音も、クルーズ船も、それぞれ設定として突飛です。
けれども、その設定の中で探偵がすることは、手がかりを集め、仮説を立て、検算することです。前提だけを変えて、あとは論理で押し切る。
四編とも、その作法が通っています。設定が特殊であるほど、その設定が許すことと許さないことを、書き手は最初に決めておかなければなりません。
その線引きの厳密さが、四編の推理を支えています。
もうひとつは、四編の振れ幅です。特殊な設定の一編、法廷の一編、音の一編、船の一編。
ひとつの短編集に、四つの異なる型が並んでいます。一編を読み終えて次に進むたびに、まったく別の場所に連れていかれる。
それでいて、どの場所でも探偵の手つきは同じです。書き手の引き出しの多さと、手つきの一貫性を、この短編集で両方確かめられます。
本格ミステリ・ベスト10の2021年版で国内1位に選ばれたのは、若い書き手の最初の短編集でした。2017年のデビューから、わずか三年でそこまで届いたことになります。
作品の背景
阿津川辰海が長編を三作出したあと、最初の短編集として出したのがこの作品です。単行本は2020年4月に光文社から四六判で出ました。
2022年9月に光文社文庫に入り、電子版も同じ日に配信されています。本格ミステリ・ベスト10の2021年版で国内1位、「このミステリーがすごい!」の2021年版で国内2位、週刊文春ミステリーベスト10の2020年で国内2位、「ミステリが読みたい!」の2021年版で国内3位、第21回本格ミステリ大賞の小説部門候補。
表題作は『ベスト本格ミステリ2018』に、「六人の熱狂する日本人」は十代向けの傑作選と法廷ミステリーのアンソロジーに再録されています。
手に取るなら
光文社文庫で読めます。電子版もあります。
4編は互いに独立していて、法廷の一編から船の一編へ移るだけで、舞台も語り口も入れ替わります。〈館四重奏〉とは別立てで、シリーズの順番を気にする必要はありません。
表題作から順に読むのがよいですが、どこから読んでも困りません。特殊設定の本格が好きな人、短編で論理の密度を味わいたい人、阿津川辰海をまだ読んだことがない人に。
透明人間が事件を起こしたら——その問いに、まず自分なりの答えを出してから、表題作を開いてください。
阿津川辰海について
阿津川辰海は1994年、東京都に生まれました。東京大学法学部に在学中は文芸サークル「新月お茶の会」に所属し、光文社の新人発掘企画〈カッパ・ツー〉の第一期に選ばれて、2017年に『名探偵は嘘をつかない』でデビューしています。
『紅蓮館の殺人』に始まる〈館四重奏〉や、短編集『透明人間は密室に潜む』『入れ子細工の夜』など、特殊な設定や極限の状況を持ち込み、その上で論理を組み立てる本格ミステリを書き継いできました。『透明人間は密室に潜む』は『本格ミステリ・ベスト10』2021年版で国内1位となり、2023年には『阿津川辰海 読書日記 かくしてミステリー作家は語る〈新鋭奮闘編〉』で第23回本格ミステリ大賞の評論・研究部門を受けています。
書誌情報
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