先に誰かに殺された。
孤島の来訪者
復讐を胸に無人島ロケへ同行した青年。「人ではない何か」が紛れ込む孤島本格。
復讐を誓った者が、自分の手を下す前に、その標的を奪われる。方丈貴恵『孤島の来訪者』は、この食い違いから動きだす作品です。
しかも、その犯行には人ではない何かが絡んでいました。殺意を抱えて無人島へ渡った青年は、思いもよらない相手と同じ岸に立つことになります。
復讐劇として始まったはずの物語が、正体の知れない存在をめぐる謎解きへと姿を変える——その切り替わりが、物語の入り口に置かれています。〈竜泉家の一族〉三部作の第二弾として、2020年に刊行されました。
物語の入り口
主人公は竜泉佑樹です。彼には、謀殺された幼馴染がいます。
その死に報いるため、彼は復讐を誓いました。狙う相手に近づく手立てとして選んだのは、テレビ番組制作会社のADという仕事です。
撮影の現場に出入りする裏方であれば、標的のそばに自然にいられる。その立場を手に入れた彼は、機会をうかがい続けます。
やがて訪れたのが、無人島でのロケでした。標的の三名も、撮影メンバーとしてこのロケに加わっています。
表向きはスタッフとして番組づくりに加わりながら、その陰で復讐の計画を進める。二つの顔を使い分ける日々が、ここから始まるはずでした。
ところが、計画は予定どおりには運びません。自ら手を下す前に、ターゲットの一人が殺されてしまうのです。
自分が殺すはずだった相手を、別の誰かが先に殺した。復讐者にとって、これほど足場を揺さぶられる出来事もないでしょう。
しかも、その犯行には人ではない何かが絡んでいました。そして、その何かは撮影メンバーのなかに紛れ込んでしまっています。
読者は、胸の内に殺意を秘めたまま撮影現場に立つ主人公の、すぐ隣に座らされます。周囲の誰にも明かせない目的を抱えているのは彼のほうであり、同時に、周囲の誰かが正体の知れない存在であるかもしれない。
隠しごとをしている者が、隠れている何かと向き合う——その息苦しさを抱えたまま、島での時間を過ごすことになります。復讐のために渡った無人島で、彼の前に現れたのは、計画のどこにも書かれていなかった相手でした。
読みどころ
この作品の核にあるのは、紛れ込んだ「人ではない何か」に、論理だけで迫れるのかという問いです。
舞台は、外と行き来できない孤島に人々が閉じ込められる、本格ミステリでおなじみの見取り図です。そこに、人ではない何かという特殊な設定が重ねられます。
ただし、設定は謎をうやむやにするための飛び道具ではありません。作中で示される規則は読者にも同じように手渡され、それを踏まえて推理を組み立てていく作りになっています。
不思議な存在を扱いながら、頼れるのは提示された材料と筋道だけ。規則を共有したうえで読む側にも推理の席を用意する、フェアプレイの作りです。
もうひとつは、主人公の立ち位置の奇妙さです。彼は事件を外から眺める傍観者ではなく、自分もまた殺意を持ち込んだ当事者です。
標的を他人に奪われた復讐者という、落ち着きの悪い場所から島の出来事を見ることになる。自分の計画は誰にも悟られてはならず、そのうえ同じ撮影メンバーのなかには、正体の知れない何かが紛れ込んでいる。
秘密を抱えた者の目で、秘密を抱えた何かを見つめる構図が中心にあることで、謎解きの手順そのものに、どこか張りつめた気配がまといつきます。
こんな人におすすめ
孤島や嵐の山荘のように、閉ざされた場で容疑者が絞られていく筋立てを好む人には、その型に一つ大きな変数を加えた作品として薦められます。規則が示され、読む側もそれを使って考えられる謎解きを求める人にも向いています。
一方、人ならざる存在が登場すること自体に抵抗のある人は、その設定を謎解きの前提として受け入れられるかどうかを考えてから開くとよいでしょう。
作品の背景
『孤島の来訪者』は、〈竜泉家の一族〉三部作の第二弾です。2019年10月に出た第一作『時空旅行者の砂時計』から約1年後、2020年11月に東京創元社から刊行されました。
年末のランキングでは、「このミステリーがすごい!2022年版」の国内編で13位、「2022本格ミステリ・ベスト10」の国内編で7位に入りました。ミステリ愛好家の団体SRの会が選ぶ「2020年SRの会ミステリーベスト10」では、第1位になっています。
手に取るなら
現在手に取るなら、2024年刊の創元推理文庫版です。解説は若林踏が担当しています。
前作とは独立した事件なので、この巻から読み始めることもできます。刊行順を大切にしたい人は、『時空旅行者の砂時計』から開くのが順当です。
殺意を胸にしまった青年とともに、無人島の撮影現場へ渡ってみてください。
方丈貴恵について
方丈貴恵は1984年、兵庫県姫路市の生まれです。京都大学を卒業し、在学中は京都大学推理小説研究会に所属していました。
ゲーム会社勤めを経て、2019年に『時空旅行者の砂時計』で第29回鮎川哲也賞を受けてデビューしています。
同作に始まる〈竜泉家の一族〉三部作は、タイムトラベルをはじめ作品ごとに異なる特殊な設定を持ち込みながら、謎解きの骨格は本格の作法で組み立てるシリーズでした。第二弾『孤島の来訪者』は2020年のSRの会ミステリーベスト10で1位に選ばれています。
三部作を書き終えたあとは、光文社から『アミュレット・ホテル』、講談社から『少女には向かない完全犯罪』と発表の場を広げ、『名探偵に甘美なる死を』と『アミュレット・ホテル』で2年続けて本格ミステリ大賞の候補に挙がりました。
書誌情報
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